Chapter 9
彼女はカメラや写真の撮り方なんかの知識がほとんど無かったけれど、スタジオに勤めていたくらいなので、写真を見るのが結構好きで、スタジオでヒマな時は、たくさん置いてあった写真集をいつも見ていた。
そんな彼女が、自分の撮った写真を見てみたいという事で、何枚かをまとめて持って行った事がある。
「こんな写真、面白くもなんともないと思いますけど・・・」
その頃は、夜の工場とか、名古屋港、廃墟、工事現場なんかの、ちょっと寂れた風景や、人のいない殺風景な景色、無機質な雰囲気の写真ばかりを撮っていた。
まだそういう写真が流行るずっと前の頃で、一般的にはあまりウケがよくない、暗い写真にしか見えなかったと思う。
「へー、なんか、いかにも今のS君らしい写真だよね」
「グラフィックデザインやってる友達からは、どうしてこんな退廃的な写真が好きなのか全然理解出来ないなんて、いつも酷評されてますね(苦笑)」
「そうかな? 私、こういう写真好きだよ。・・・なんか、この寂しい感じが凄くいい・・・」
「心が病んでるなんて言われた事もありますけど(苦笑)」
「うん、それは間違ってないと思うな(笑)」
「それは否定しません(笑)」
「お、なんか今日は素直だねー(笑)。でもこれがいいって思う私も心が病んでるって事かな?」
「それも否定はしません(笑)」
「え?ちょっと、そこは否定して欲しかったな(笑)」
「あ、じゃあ、そんな事全然無いです(笑)」
「全然そう思ってないって言い方で言わないでくれる?(笑)」
「(笑)」
「でもさ、心が病んでる人には、こんな写真撮れないと思うな・・・」
「そうですかね?」
「うん、なんか上手く表現出来ないけど、むしろ心に汚れがない人の写真って感じがするんだよね・・・」
「それは・・・」
「ん?何?否定?肯定?(笑)」
「心に汚れのない人間なんて、いないような気がして・・・」
「・・・そうか・・・そうかも知れないね・・・」
「でも、私には汚れが無いように見えるよ・・・これがS君の世界なんだね・・・」
「そんな風に言ってもらったの初めてだから、なんか、嬉しいような・・・」
「ようなって何よ? もっと素直になりなさい!(笑)」
「あーハイ、嬉しいです・・(苦笑)」
「ねぇ・・・この写真、私にも焼いてくれないかな?」(焼く=印画紙に焼き付け=プリントする)
「あ、じゃあこれ持って行っていいですよ。いくらでも焼けますし」
「ありがと。ちゃんと額に入れて飾っとくね」
「いや、そんなの誰かに見られたら、何この変な写真?なんて言われますよ」
「そんな事ないよ」
「それに・・・ウチは誰も来ないから・・・」
「ならいいですけど・・・」
その、誰も来ないって所に、なんか引っ掛かりを感じたものの、でもあえてその時はそれ以上何も言わなかった。
友達も知り合いもいない場所で一人暮らしをしてたら、寂しくならない筈は無いのだから。
その当時は、休みの度にあちこち写真を撮りに行っていたけれど、最初に彼女に写真を見せてからは、それ以降もいい感じの写真が撮れたら、彼女に見せたりしていた。
でも、なんとなく彼女の好みそうな写真ばかり撮るようになっていたのは多分あったと思う。
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