Chapter 8

「S君はさ、今のスタジオは一時的みたいな事を言ってたけど、最終的に何の仕事をやりたいって思ってるの?」


「それは・・・まだ目標とか何もないんで、やりたい事全部やったら、また学校とか行こうかな?なんて思ってますけど・・」


「え?また学生に戻るの?」


「今は仕事を転々としちゃってますけど、もう一度学生に戻れば、職歴をリセットして普通の会社に入れるじゃないですか。学歴も一応ワンランク上がるし」


「そうかー、まだ若いからそれでも全然大丈夫だよね。」


「転職しすぎてもう普通の会社には行けないかと思ってたけど、ちゃんと考えてるんだね」


「いやいや、そこまでちゃんとは考えていないんですけど・・・(苦笑)」


「そんな事ないよ。一旦社会出てから、また学校へ行こうなんて、やってる人いなくは無いけどそんなにいないもん」


「ですかね・・・」


「で、やっぱり専門学校とかに行くのを考えてるの?」


「に、なると思いますけど・・・」


「どこか行きたい学校とか、何か候補でもあるの?」


「それもまだ考えてないくらいですね・・・デザイン系か、コンピューター関係でもいいかな・・なんて悩んでますけど」


「じゃあさ、いっそ留学でもしてみたら?」


「それも考えてみたんですけど、海外で暮らすとなると結構お金掛かるんで・・・」


「そうかな?最近の語学留学なら、専門学校行くのとそんなに変わらない気がするんだけど・・」


「私も結婚が破棄になった時にホームステイ留学とか考えてて、パンフレットとかまだ持ってるから、来週持ってきてあげよっか?」


「あ、別に怪しいセールスとかしてる訳じゃ無いからね(笑)」


「どうしてその時に留学しなかったんですか?」


「結婚の準備で貯金使い過ぎちゃってて、全然足りなかったんだよね。」

「式場のキャンセル料なんかは向こうに全部払わせたんだけど、家具とか家電とか私がもう払っちゃってたし、慰謝料もそんなに取れなかったからね」


「またお金貯めて行けばいいじゃないですか」


「うーん、あの貧乏スタジオじゃ生活するのに精一杯だしねー」

「知ってる? 毎月赤字だから時給ケチる為にあんなに勤務時間短くされてるんだよ」


「それに、もう私の年齢じゃ、時すでに遅し・・なんだよね・・・」


「S君はまだ若いからいいよねー なんか色々出来て羨ましいな~」


「4歳しか違わないんだから、まだ全然間に合うと思いますけど」


「女はその4年が大きいんだよ。せっかく留学しても、またお金貯めるのに働いてたらそれだけで30過ぎちゃうじゃん」


「そう・・・ですね・・・」


「でもさ、専門学校より絶対留学の方がいいと思うよ。これからは英語出来ると色々強みになると思うんだけどな」


「それは・・・なんとなくそう思ってます」


「でしょ?じゃあちょっと古いけどパンフレット持って来てあげるから、考えるだけも考えてみたら?」


「あ、でも自分も貯金とか、もう全然無いんで・・・」


「大丈夫だよ。とりあえず2~3百万あればホームステイで行けるからさ。ほら、男の人なら派遣とかですぐ稼げるじゃん」


「そんなのも今のうちにしか出来ないんだよ」


当時の派遣は、社会保障とか福利厚生とかが何も無い代わりに、同年代の平均給与の約3倍くらいの手取りで、短期でお金を貯めるには都合が良かった。


「そうですね・・・ちょっと考えてみます」


と、その彼女からのちょっと強引な提案が、その後、留学をしようと決意するキッカケとなったけれど(結局行けなかったけれど)、どうしてそんなに強く留学を勧めてくれたのかは、結局判らず仕舞だった。


彼女が出来なかった夢を自分に託してくれたような気がしなくもないし、または自分の将来の事を本気で考えてくれていたのかも知れないと、そんな気がしている。

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