第4話
(あれは……
彼女が目にしたのは、豪族蘇我氏の有力者である蘇我馬子だった。
そして彼は、今の大和の豪族の中でもっとも力のある人物である。
そんな彼が突然現れたので、稚沙は思わず走るのを止めて、横にずれて道をあけることにした。
さらに蘇我馬子の少し後ろをもう一人、一緒について歩いている人物がいることにも、彼女は気が付く。
稚沙は一体誰だろうと思い、その人物にふと目をやる。
馬子同様にとても上等そうな袍と袴を着ており、頭には帽子を被っていた。
見た目は稚沙よりも少し年上の青年のようで、割と顔立ちも整っている。
(初めて見る男の子だわ……彼も蘇我の人間かしら?)
稚沙はとりあえず、蘇我馬子とその青年が通り過ぎるまで、待つことにした。
馬子はそんな彼女に対し、特に声をかける訳でもなく、無言でそのまま彼女の側を横切っていく。
彼女は続けて馬子の後ろにいる青年に思わず目をやる。
相手の青年も視線を感じたのか、一瞬稚沙と目があった。
だが彼は特に表情を変えることなく、馬子同様に無言で、彼女の横を歩いていった。
(ちょっと感じの悪そうに見えたけど、偶然かしら?)
稚沙は蘇我馬子とその青年の後ろ姿を、そのまま少しの間眺めていた。
そして2人の姿が小さくなった頃、彼女も再び目的の場所に向かうことにした。
「では、急いで倉庫に向かわないと。また遅くなって
そして稚沙はやっと炊屋姫の私用の倉庫の元にたどり着いた。
(とにかく早く終わらせて戻らないと……)
彼女はそれから倉庫の中に急いで入っていく。
倉庫の中には彼女が持ってきたような木簡もあれば、置物、他国から取り寄せた書物等、様々なものが置かれてある。
彼女は女官なので、炊屋姫からこの倉庫に入る許可を得ている。でもだからといって、むやみに触らないようにしていた。下手に触って壊しでもしたら大変な事になる。
(相変わらずここには、色んな物があるのよね……)
稚沙はとりあえず木簡が置かれている場所に行き、手に持っていた木簡を簡単な仕分けだけして、それからその場所に置いていった。
稚沙は元々和歌を詠むのが好きなため、文字も一通り読める。
彼女自身、女官としてここに仕えるようになったのだが、文字が読めるのは正直助かっていた。
「さてと、じゃあ戻りますか」
稚沙は倉庫内の物に、うっかり触ってしまわないよう気をつけながら外に出ていく。
そしてそれから急いで炊屋姫の元へと向かった。
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