第3話

 だが性格がとても素直で、彼女は誰よりも仕事熱心な娘である。


 なので炊屋姫かしきやひめからも、彼女のそういった部分は割りと評価されていた。


「とりあえず今後は気をつけるようになさい。あと、また凄い数の木簡もっかんを持ってきたようね……」


 稚沙が持ってきた木簡に、炊屋姫がふと目を向ける。少しでも油断すれば、その場に落としてしまいそうな程の数である。


 そんな大量の木簡を目にして、どうやら炊屋姫も思わず頭を痛くしている様子だ。


「なにぶん紙はとても貴重なので……それに比べて木簡は、一度書いても削ればまた使えます。また遠方に物を送る際は、品書きとしても便利かと?」


 稚沙は木簡を落とさないように、少し持ちかえてから、炊屋姫にそう答える。


「それはあなたのいう通りね。飛鳥の時代になってからは、人同士のやり取りや、物を運ぶことが本当に多くなったもの。それで、どんな内容なの?」


「はい、主には豪族の人達からのもので、他には半島からの物もあるようです」


 朝鮮半島は長年にわたる戦いで、情勢はますます激化していた。

 そのため、ここ倭国わこくにも度々半島から応援の要請が来ている状況である。


 だがその代わりに、倭国は半島から新しい文化や技術を取り入れていた。


 また資源に関しては、武器や工具に使う鉄がとても重要だった。


「分かったわ。その木簡はとりあえず、倉庫の方に運んでおていもらえる?」


 稚沙は炊屋姫にそういわれたので「はい、ではそのように致します」と答えた。


 これだけの数の木簡なので、炊屋姫がすぐさま全ての木簡に目を通すのは難しい。


 稚沙もそれは十分に分かっていた。でもだからといって、勝手に倉庫に持っていく訳にもいかない。


 そのため、炊屋姫に一度見せておいた方が良いだろうと彼女は考えたのだ。


 そして稚沙が倉庫に向かおうと思った矢先、そんな彼女を止めるようにして、炊屋姫が急に彼女に声をかける。


「ところで稚沙、今日は蘇我馬子そがのうまこ厩戸皇子うまやどのみこ、その他大勢の者達がこの小墾田宮おはりだのみやを訪れるわ。あなたにも少し負担をかけさせるかもしれないけど、しっかりとね」


 炊屋姫は本日この宮に、諸王しょおう諸臣しょしんといった地位の人達を大勢召そうとしている。

 ※諸王:皇族の男子


「はい、それは分かっております。私も今日は朝早くからその準備に色々携わっていましたので……」


 炊屋姫はそれを聞いて、彼女がどうしてここに来るのが遅くなったのかやっと理解する。であれば、少しいい過ぎてしまったかもしれない。


「ただ馬子と厩戸は少し早めに来るだろうから、そのつもりでお願いね」


 炊屋姫のその言葉を聞いた彼女は、途端に表情を明るくする。そしてとてもハツラツとした声で答えた。


「では、早くお迎えの準備を整えないと!」


 そして彼女は、こうしては居られなといった様子になり、自身の手元にある大量の木簡を落とさないよう注意し、さらに続けていった。


「では炊屋姫様、まずは倉庫にこの木簡を置きに行ってまいります!」


 そして炊屋姫に軽くお辞儀をすると、彼女はすぐさま倉庫に向かって走り出していった。



「さっき走るなと注意したばかりなのに、あの娘といったら……」


 炊屋姫は少しやれやれといった感じで、小さくなっていく彼女の姿をしばらく見つめていた。

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