第19話

第10話:俺を店員にしてください!


「…此処で働かせてください!」

リヒトが話し終えた後、部屋は沈黙と言う名の静寂に包まれた。

誰もが予想していなかった答えで、しばらく誰もが話さなかった。

沈黙を破るように、黄泉が口を開く。

「…働きたいってどう言う事かしら?詳しくお話してくれる?」

と、黄泉が優しく話しかける。

「そのままの意味です。…俺はばあちゃんに此処の話を聞いてから、ずっと働きたかったんです!そして、今日やっとの思いで此処に来れて…。…だから、無理なお願いかもしれませんけど…」

チラリと黄泉の顔色を伺っている。

「良いけど…確認したい事があるわ。」

黄泉の反応は意外と軽かった。

「えっ!?いっ良いんですか?そんな許可、何十年と見た事ないですよ!」

と月はあんぐりと口を開けている。

「良いのよ。それで、確認したい事だけど」

と、リヒトの方を向く。

「はい」

「じゃあ、1つ目。貴方は此処に来る前、衝撃を負って、此処に来たの。」

死者が自分で、自分の死因を分かっていない時は、他者はその事について語ってはいけない。

だから、黄泉はわざと曖昧な言い方で説明する。

「だから、貴方はまだ完全には死んでいない。でも、ずっと此処に居たり、ここで店員になるようなものなら、貴方は死んでしまうわ。…死ぬ覚悟はある?って事。それが1つ目。」

そう言って、黄泉は紅茶を1口飲む。

唇に付いた水滴を丁寧に紙で拭く。

「2つ目は、此処で働きだしたら、もう現世には戻れないと言う事。死者として扱われるわ。往復切符はないの。片道だけ。」

黄泉のカップには、もう紅茶は残っていない。

月はそれに気がついて、入れる。

甘いカモミールの香りが店に広がる。

「………。」

リヒトは、それは想定内だったらしく、平静としているが、やはり言われると現実味を帯びるのか、口を固く結んでいる。

「これが2つ目よ。…この2つを聞いて、それでも働く気はあるのかしら?」

と、黄泉はリヒトを静かに見つめる。

月は思った。

これは、黄泉なりの警告だろうと。

月は黄泉の置かれている立場を分かっている。

深くは知らないが。

黄泉は此処、カフェからは出られない。

事情は深い海に呑まれて遠くに在る。

模索はしなかった。

ーーしてはいけない気がした。

知っては行けない、”何か”を知ってしまう気がして。

黄泉を見る。

いつも、黄泉は笑っているが、笑っているその目はいつも何かを映している気がする。

これ以上、考えるのは止めようと月は思った。

考えてもキリがない。

リヒトの見解を待つ。

リヒトは数秒間ジッと考えていた。

当たり前だろう。

いくら、決心していたとは言え、命がかかっている。

リヒトはやがて口を開いた。

「…俺、やっぱり此処で働きたいです。黄泉さんの話を聞いて、もう一度考えてみたけど…。決心はつきました。」

迷いは見えない。

凛とした目が黄泉達の目とぶつかり合う。

暫くその状態が続いた。

「…貴方の気持ちは良くわかったわ。その熱意に応じて、応えてあげる。」

そう言うと、黄泉はにっこりと笑った。

リヒトは安堵の表情を浮かべていた。

「…そういやお前、何でそんな此処のカフェに執着するんだ?カフェなら現世にあちこちあるだろうが。後、お前はー」

陽が久々に口を開いた。

いないと思ってた。

ムグッと言ったかと思うと、黄泉が陽の口を塞いでいた。

陽が解こうと暴れている。

「ごめんなさい、陽が…。気にしないで」

黄泉がリヒトに謝る。

黄泉さんが謝る事ないのに、と月は思った。

「いえいえ…俺も話してなかったですから。気にせず」

リヒトは謙遜する。

出会った時から思っていたが、リヒトは物腰柔らかな青年のようだ。

しかし、月は見た。

一瞬、スッと目を細めて真顔になったのを。

……何か、あるんだろうか。

此処に来た理由に。

黄泉はそんな無言の様子を見つめながら、話し出す。

「青山くん、貴方…過去を、いいえ。記憶を知りたいと思うかしら?思い出すなら今のうちだもの。」

思い出さなきゃ、忘れちゃうから、と尋ねる。

「記憶…ですか。確かに今、朧気ですし。このまま忘れちゃうのも…記憶、見てみたいです」

リヒトは見る事を決めた。

「分かったわ。…準備するから少し待ってて」

そう言って、黄泉はキッチンに向かった。

ー数十分後ー

「お待たせしました」

フワッと美味しい匂いが漂う。

懐かしくて、暖かい感じが伝わる。

黄泉が持ってきたのはーーがめ煮。

蓮根や椎茸、里芋に莢豌豆など、沢山入った煮物、郷土料理だ。

「…美味しそう!何だか懐かしいな…」

目を輝かせるリヒト。

月もごくんと喉を鳴らしている。

これは後で残りがないか尋ねられそうだ。

「お前、ばあちゃんっ子なのかよ」

と暖かい雰囲気をぶち壊すように陽が言う。

「えっうん。そうだけど…。…どうして分かったんだ?」

「あ?がめ煮がばあちゃんぽかった」

単純だなぁ、と皆が思った。

「あっ…と、食べて良いですか?」

リヒトが尋ねる。

「どうぞ」

と、黄泉が言い、「いただきます」

リヒトはがめ煮に箸をつけた。

青山リヒト(15)、追憶。

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