第10話 次なる相手、カトリーナ・ルーファス

朝が来た。


昨日の疲れはまだ体の中に残っていたが、目覚めるとすぐに気づいた。


これから再び家庭教師であるリディアとの一週間の猛勉強が始まるのだ。


アリシアのことが頭にこびりついている俺は、どうしても彼女を忘れることができない。


それでも、王都に戻った以上、次の貴族との任務が待っている。


寝ぼけた頭を振り払って、俺は顔を洗い、書斎へ向かう。


リディアは既に待っていた。


彼女の厳しい表情が俺を見つめる。


その目には、俺がまだアリシアに未練を残していることを見透かされているように感じた。


「おはようございます。カズキ様。次の相手について、今週は徹底的に学んでもらいます。気を抜いている余裕はありません」


リディアの言葉に、俺は無意識に小さく頷く。


次に会う貴族の女性、「カトリーナ・ルーファス」彼女についての情報を頭に叩き込まなければならない。


彼女はこの国でも屈指の名家の出身であり、特に気品と誇りが高い家柄だと聞いている。


——


一週間が始まった。


「まず、カトリーナ様の家柄について覚えなければならないことがいくつかあります」


リディアは分厚い書物を取り出し、彼女の家族の歴史を語り始めた。


「ルーファス家」は、この国で千年以上にわたって続く名門中の名門。


政治的な影響力を持ち、歴代の女王たちにも忠誠を誓ってきた。


それだけでなく、彼女の家は国境に広がる広大な領地を持ち、領民たちを守りながら長年繁栄してきた。


「ルーファス家は、力強さと忠誠心を何よりも重んじます。そしてカトリーナ様も、その家柄を誇りに思い、誰にも屈することのない気高い性格です」


リディアの言葉をノートに書き写しながらも、俺の頭にはアリシアのことが浮かんでは消え、集中力を欠いていた。


アリシアとの時間は短かったが、心に深く刻まれていた。


俺がここで何をしようとも、アリシアの存在は消えない。


「カズキ様、話を聞いていますか?」


リディアの冷たい声が俺を現実に引き戻す。


俺は慌てて頷くが、リディアの眉は深くひそめられていた。


「あなたがここで考えるべきことは一つです。カトリーナ様について、そして彼女が何を求めているのか。そのために、アリシア様のことは一度忘れなければなりません。あなたの心の迷いは、次に会う相手に対して失礼です」


リディアの言葉は正論だと分かっていても、胸の中に重くのしかかる。


アリシアは今、領地で一人でいる。


彼女のことを忘れるなどできるわけがない。


それでも、俺は次の貴族に会わなければならない。


そうしなければ、この国での役割を全うできないのだ。


——


数日が過ぎ、俺は何とかカトリーナの情報を頭に叩き込み続けた。


彼女はルーファス家の次期当主であり、強い意志と冷静な判断力を持つ女性だということが分かってきた。


リディアはそれを強調し、彼女が他人に対して冷たい印象を与えることが多いと教えてくれた。


「カトリーナ様は非常に理知的で、自分の考えに従って行動するタイプです。しかし、それゆえに他者との距離感を保つことが多く、感情を表に出すことは少ないでしょう」


俺は頷きながら、その特徴を頭に刻みつける。


だが、どうしても気持ちが晴れない。


アリシアのことが俺の心を蝕み続けていた。


そして、一週間の学習が終わる最終日、リディアは再び俺に厳しい言葉を投げかけた。


「カズキ様。あなたがまだアリシア様に気持ちを引きずっていることは明らかです。しかし、それはもう終わったことです。あなたは次にカトリーナ様にお会いし、その方に全身全霊を捧げなければなりません。もしそれができなければ、カトリーナ様に対して失礼になりますし、あなたの役割を果たすこともできません」


リディアの言葉は、俺にとって鋭い刃のように突き刺さった。


俺は黙って頭を下げ、何も言い返せなかった。


——


その夜、俺は自室で一人、リディアの言葉を反芻しながら葛藤していた。


俺はアリシアに対して未練を抱えすぎているのか?


それとも、この感情は自然なものなのか?


俺は彼女に腕時計を渡し、再会を誓った。


しかし、今の俺はカトリーナという別の女性に向き合わなければならない。


窓の外を見つめながら、心の中でアリシアのことを思い続けた。


それでも、俺は自分の置かれた状況に向き合わなければならない。


俺がこの国で果たすべき役割は、感情に流されることではなく、冷静に現実を見つめ、次の任務を全うすることだ。


「失礼になってはいけない、か……そうだな、そうだよな」


俺はそう自分に言い聞かせ、少しずつ意識を現実に戻していった。


そして、心の中に渦巻く思いを押し殺しながら、再び机に向かい、カトリーナに関する書物を手に取った。

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