第9話 女王から与えられた褒美
アリシアの領地を後にし、王都に戻ってきたのは、ちょうど夕暮れ時だった。
旅路は長く、心身共に疲れ果てていたが、無事に戻ったことで少しだけ安堵の気持ちが湧いた。
だが、そんな余裕も束の間、休む間もなく俺は家庭教師のリディアから急な知らせを受けた。
「女王陛下が、あなたにお会いしたいとのことです。すぐに身支度を整えてください」
その一言で、緊張が全身に走った。
俺は急いで服を整え、洗面所で顔を洗う。
女王が直々に呼び出すというのは、この国で特別な意味を持っている。
アリシアの懐妊に関しての報告か、それとも何か他にあるのか。
考えれば考えるほど、胸が締めつけられた。
——
王宮の玉座の間に案内され、俺は大きな扉の前で深呼吸をする。
扉が重々しく開き、奥に見えるのは高い玉座に座る女王――エリザベス・ルクレティア・ヴェル=ローゼン。
その姿は堂々としており、優美でありながらも威厳に満ちていた。
玉座の間に足を踏み入れると、俺の心臓はどんどん速くなっていく。
これまで会った貴族たちの中でも、彼女の存在感は別格だった。
俺は丁寧に頭を下げ、その場に膝をついて挨拶をした。
「カズキ。よく戻ったな」
女王の声は静かだが、はっきりとした威厳があった。
俺はその声に自然と背筋が伸びるのを感じた。
「ありがとうございます、女王陛下。無事に王都へ戻ることができました」
「そうか。では、アリシアの領地での任務も滞りなく進んだようだな」
「はい。アリシア様は現在、安定期に入りました。領地全土でも祝福の声が広がっています」
女王は一瞬、微笑んだように見えたが、すぐに表情を引き締めた。
そして、俺の目をまっすぐに見据えて、問いかけた。
「ところで、貴様の元いた国とこの国は随分と異なるだろう。どうだ、この国で上手くやっていけそうか?」
女王の鋭い視線に、思わず緊張が走る。
だが、この問いは重要なものだ。
俺はこの異世界に来てから、多くのことに戸惑い、葛藤してきた。
アリシアとの出会い、領地での生活、そして自分に課せられた役割。
それを全て振り返り、俺は自分なりの答えを導き出す必要があった。
「正直に申し上げますと、最初は戸惑うことばかりでした。この国の仕組みも、男女の役割も、全てが俺のいた国とは異なります。しかし、時が経つにつれ、この国での生き方や価値観にも少しずつ馴染んでいく自分を感じました。アリシア様との時間を通じて、この国の人々が背負っている重責や未来への希望を知り、俺もその一部になりたいと思うようになりました」
女王はじっと俺の言葉を聞いていた。
そして、俺の答えが終わると、少しだけ頷いた。
「貴様の心意気はわかった。この国での役割を受け入れ、さらに進む覚悟があるということだな」
「はい、そのつもりです」
女王は再び微笑んだ。
「よかろう。貴様がアリシアを懐妊させたこと、その成果は大いに評価されるべきだ。故に、褒美を一つとらせよう。望みを言ってみろ」
突然の申し出に、俺は一瞬戸惑った。
何を願うべきか。
この国での生活は、俺にとってまだ未知の部分が多い。
だが、すぐに心に浮かんだのは、アリシアのことだった。
彼女との別れは辛く、まだ心の整理がついていない。
「もし許されるなら、アリシア様が無事に出産を終えた時、彼女とその子供たちに再び会いたいと願います」
女王は少し目を細めたが、すぐに柔らかい声で答えた。
「その望み、叶えてやろう。貴様には、彼女とその子供たちに会う機会を与えよう」
俺は深く頭を下げ、感謝の意を表した。
「ありがとうございます、陛下」
玉座を下がるとき、手足の震えが止まらないことに気づいた。
女王の存在感と威厳は、ただ話すだけで圧倒されるものだった。
俺はその場から逃げ出すように、早足で自室へと戻った。
——
自室に戻ると、全身の力が一気に抜けた。
体の芯から疲れが襲ってきたのを感じ、ベッドに倒れ込む。
だが、頭の中に浮かぶのはアリシアの姿だった。
彼女との別れ、そして再会の約束。
その思いが胸を締め付ける。
俺は深く息を吐き、目を閉じた。
アリシアの無事を願いながら、心の中で彼女の名前を何度も呟いた。
そして、泥のような眠りがすぐに俺を包み込み、意識はゆっくりと遠ざかっていった。
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