第6話 あるじの変わりゆく様
私はアリシア様に仕えるメイド、クラリス。
この館に仕えてから十年が経つ。
アリシア様は、幼い頃からずっと強く、そして誰よりも領地のことを考えておられた。
貴族でありながら、領民のことを第一に考え、自ら狩りに出かけ、領民とともに汗を流す姿は、私たちにとって誇りであった。
アリシア様は、美しく聡明な方だ。
しかし、そんな彼女の強さには、常に孤独がつきまとっていたように思う。
彼女は恋愛に時間を割くこともなく、結婚の話が持ち上がっても、それを全て断ってこられた。
それは、領地を守るため、そして自分の役割に忠実であるためだったのだろう。
だが、いつしか私たちメイドの間では、アリシア様の孤独が心配されるようになった。
彼女は、いつも誰にも頼らずに自分一人ですべてを背負っていたのだから。
そんな彼女の姿を、近くで見守ることしかできなかった私たちは、ただただその強さに憧れると同時に、彼女の背負う重荷に気づかされていた。
——
そんなある日、突然、一人の男がアリシア様のもとに送られてきた。
王都から派遣されたという「セガワ・カズキ」という名の異世界の男だ。
初めて彼と会ったとき、私は彼に特別な印象を抱かなかった。
普通の男、異世界から来たとはいえ、何の変哲もない男性のように思えた。
しかし、アリシア様にとっては違ったのかもしれない。
彼と出会ってから、アリシア様は少しずつ変わり始めたように感じる。
いつもは冷静で自信に満ちた彼女が、彼の前では時折、感情をあらわにすることが増えたのだ。
彼と領地を巡り、共に狩りをした日から、アリシア様の様子は明らかに変わっていった。
彼女は、彼との会話を楽しんでいるように見えた。
そして、夜になると、アリシア様はカズキ様の部屋を訪れるようになった。
——
毎朝、私は他のメイドたちと共に、アリシア様が訪れた後の部屋のシーツを取り替える役目を担っていた。
最初はただ、いつも通りの主のお世話の一環だと思っていた。
だが、徐々にその状況が変わってきたのを感じ取ることができた。
アリシア様がカズキ様の部屋を訪れるたびに、シーツにはその痕跡が残されていた。
最初はわずかな汚れだったが、次第にそれは明確なものになっていった。
そして、それを見ているうちに、私はあることに気づいた。
アリシア様が、カズキ様と共に過ごす時間を深め、そしてその結果が近いことを。
他のメイドたちも気づき始めたが、私たちはあえて何も言わなかった。
なぜなら、それはアリシア様にとっても、そしてこの領地にとっても重要なことだったからだ。
アリシア様がもし、子を授かることができれば、それはこの領地の未来を繋ぐ大事な一歩となる。
——
ある朝、私はいつも通りシーツを取り替えるために、カズキ様の部屋に向かっていた。
そのとき、ふとアリシア様の姿を目にした。彼女は廊下の窓辺に立ち、朝日を見上げていた。
その表情は穏やかで、今まで見たことのないほど安らかだった。
私はそっと足を止め、彼女の背中を見守っていた。
彼女は今、何を思っているのだろうか。
カズキ様との日々が、彼女に何かをもたらしているのは明白だった。
強いだけの女性ではなく、彼女は今、新しい一歩を踏み出しているのだろう。
そして、その新しい一歩は、間もなく目に見える形で現れるはずだ。
シーツに残された痕跡を見るたびに、私は確信していた。
アリシア様が新たな命を宿す日は、そう遠くない。
——
アリシア様の変わりゆく姿を見ることができるのは、私たちメイドにとっても喜びだった。
彼女がずっと抱えてきた孤独が、今ようやく癒されつつある。
それを見守ることができるのは、この館に仕える者として、何よりも誇らしいことだ。
アリシア様がご懐妊される日が来たら、その時は、私たちメイドも心からの祝福を捧げることだろう。
そして、それは彼女自身だけでなく、この領地全体にとっても新たな希望となるに違いない。
私は、今朝もカズキ様の部屋に向かう。
アリシア様が心から幸せであることを、心の底から願いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます