第4話 使命の地へ

一樹が次に向かうのは、貴族女性の一人である「アリシア・ヴェル=ローゼン」の元だった。


レイナのもとで一ヶ月間の厳しい教育を終えた一樹に、新たな試練が待っていた。


アリシアは王都から遠く離れた領地の領主であり、彼の初任務の相手となる。


「カズキ様、これからあなたが向かうのは、ローゼン家の領地です。アリシア・ヴェル=ローゼン様は、非常に重要な貴族であり、あなたの最初の相手としてふさわしい方です」


レイナはそう言いながら、一樹に分厚い資料を手渡した。


その中には、アリシアの家系や領地の歴史、彼女の性格や習慣に至るまで、ありとあらゆる情報が詰まっていた。


「まずは、彼女についてしっかりと学びましょう。これから一週間、あなたにはアリシア様について徹底的に理解していただきます」


その言葉に、一樹は覚悟を決め、資料に目を通し始めた。


王都での学びが終わったとはいえ、ここからは実際に貴族女性と対面し、彼女たちの望む役割を果たすことが求められている。


心のどこかで、まだ現実味がわかない感覚を抱えながらも、一樹は自分に課せられた任務に向けて準備を始めた。


——


アリシアの情報は驚くほど詳細だった。


彼女は30歳、ローゼン家の当主であり、領地経営や政治にも精通している。


その上、学問や芸術にも秀でており、領民からの信頼も厚い。


気品があり、知性的な女性という印象を持ちながらも、彼女の冷静で厳格な性格が記録からはにじみ出ていた。


「アリシア様は、自立心が強く、周囲に依存しないタイプです。したがって、あなたが無闇に彼女に干渉することは好まれません。距離感を常に意識し、必要以上に親しげに接するのは避けるべきでしょう」


レイナの説明を聞きながら、一樹は自分の役割をどう果たすべきか考え込んだ。


彼はただの種馬として呼ばれた存在だが、相手は自立した貴族女性だ。


果たして、自分は本当にその任務を全うできるのだろうか。


「しかし、アリシア様は同時に、冷静な判断力を持っているため、誠実な態度には応えてくれるはずです。彼女に対しては、素直であることが重要です」


一週間という短期間で、一樹はアリシアに関する知識を可能な限り吸収しようと必死になった。


彼女の好みや習慣、会話の癖までを細かく覚え、どう接すれば失礼にあたらないかを考え続けた。


——


一週間後、一樹はついにアリシアの領地へと旅立つことになった。


王都から遠く離れたその地は、豊かな自然に囲まれ、領地の中央には荘厳な館がそびえ立っていた。


馬車に揺られながら、一樹は何度も緊張した面持ちで外の景色を眺めた。


「ここが……ローゼン家の領地か」


アリシアが治めるこの地は、非常に美しく整備されていた。


畑や森林が広がり、平穏な風景が広がっている。


それでも、心の奥では、これから自分が果たすべき役割を思うたびに、複雑な感情が胸を締め付けた。


馬車が館に到着し、門を通り抜けると、侍女たちがすぐに駆け寄ってきた。


彼女たちの丁寧な案内に従い、館の中に入ると、そこにはアリシアが待っていた。


彼女は冷静な表情で一樹を見つめ、優雅に一礼した。


「ようこそ、セガワカズキ様。遠路はるばるお疲れ様でした。私はアリシア・ヴェル=ローゼン、この領地を治める者です」


アリシアの声は、凛としていて強さを感じさせる。


同時に、その目には一瞬の好奇心が垣間見えた。


一樹も深く一礼し、彼女の前に立つ。


「初めまして、瀬川一樹です。お招きいただき、ありがとうございます」


自己紹介は簡単なものでありながら、一樹にとっては大きな一歩だった。


アリシアの冷静な表情を前にして、今までの勉強が頭の中で一瞬にしてよみがえる。


彼女の機嫌を損ねることなく、これからの任務を全うできるだろうかという不安が心の中を渦巻いた。


アリシアはその後も落ち着いた態度で、館内の案内を済ませ、彼に自室を与えた。


その部屋は十分に広く、快適そうなベッドと書き物机が置かれていた。


荷物が運び込まれ、彼はようやく一人きりになった。


——


部屋に一人取り残されると、一樹はベッドの端に腰掛け、静かに息を吐いた。


アリシアと直接対面し、ようやくここに来た実感が湧いてくる。


それでも、彼の胸には大きな重荷がのしかかっていた。


「俺が……ここで何をするのか」


そう独りごちながら、これから起こる出来事を思い描いてみた。


自分が果たすべき役割——それは、アリシアと共に子供を作るというもの。


冷静に考えれば、それは彼がこの世界に召喚された目的そのものだ。


しかし、現実の重みが、簡単に受け入れられるものではなかった。


「本当に、これでいいのか……?」


一樹は、今までの自分の人生と比べ、この世界での役割に対して戸惑いを隠せなかった。


日本では過酷な労働に追われていたが、ここではまったく異なる重圧が彼を待っている。


彼は一瞬、逃げ出したい衝動に駆られるが、それが不可能であることはすでに分かっていた。


「やるしかない……俺は、ここに呼ばれたんだ」


一樹は童貞ではないが、会社勤めをしていた頃は、忙しすぎて恋愛や女性に割く時間はなかった。


その間風俗にも通っていない。


それでもやらねばならない。


彼は小さく自分に言い聞かせた。


これが自分に与えられた運命であり、この役割を果たすことでしか、この世界での生き方はないのだ。


一樹は静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。そこには広大なアリシアの領地が広がっていた。


「……明日からが本番だ」


心を落ち着け、彼はベッドに身を横たえた。

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