第2話 これからのこと
柔らかいキングサイズのベッドの上で、目覚めた。
まだ寝ぼけた頭でぼんやりと天井を見つめる。
ここはどこだ?
——しばらくして、昨日の出来事が一気に思い出される。
そうだ、ここは異世界。
自分は突然この世界に召喚され、王宮で訳も分からぬまま、女王の命を受けたのだ。
「信じられないな……本当に、俺が異世界にいるなんて」
一樹は大きくため息をつき、ベッドの中で身じろぎする。
この世界は、男子の数が極端に少なく、彼が貴族女性たちの間に子供を作るために召喚されたという驚愕の現実。
日本での過酷な日常に比べれば、夢のような話かもしれない——だが、それでも唐突に役割を押し付けられることに、まだ心が追いついていない。
そんな考えが頭をよぎると、ドアを軽くノックする音が響いた。
「失礼します、朝のご準備をいたします」
控えめな声とともに、メイドたちが部屋に入ってきた。
淡い色のメイド服に身を包んだ彼女たちは、黙々と一樹の身支度を整え始める。
寝間着のままベッドに座っている彼に、きちんとした衣服が手渡され、身を任せるままにそれを着せてもらった。
「ありがとうございます……」
日本でこんな体験はなかった。
朝から誰かに着替えを手伝ってもらうなど夢にも思わなかったし、こうした丁寧な接待にどこか戸惑いを感じる。
それでも、彼女たちは自然と手際よく一樹の準備を整え、最後に軽くお辞儀をして退室した。
やがて、運ばれてきた朝食がテーブルに並べられた。
簡素ではあるが、見た目も香りも良い。
スープとパン、それに少量の果物。
異世界の食事とはいえ、どれも見慣れたものであり、安堵の気持ちで食事に手を伸ばす。
「ここでの食事は……悪くないな」
独りごちながら、口に運んだスープは温かく、体の奥から力が湧いてくるようだった。
日本での疲れきった生活を思い出すと、この世界の食事がいかに丁寧に作られているかがよく分かる。
朝食を終えると、一人のメイドが一樹の前に立ち、軽く頭を下げた。
「お食事が終わりましたら、正午までお部屋でお待ちください。昼には、家庭教師の方がいらっしゃいます」
「家庭教師?」
聞き返そうとするが、メイドはそれ以上の説明をせず、静かに退室していった。
一樹は不思議そうに部屋の中を見回すが、豪華ではあるものの、特に何もすることはない。
しばらく椅子に座り、ぼんやりと窓の外を見て時間を潰した。
——
昼になると、再びノックの音が響き、ドアがゆっくりと開かれた。
入ってきたのは、整った姿の女性——彼女が家庭教師なのだろうか。
優雅なドレスを身にまとい、知性と品格を感じさせるその佇まいに、一樹は思わず立ち上がる。
「はじめまして。私は、レイナ・オルディナ。あなたの家庭教師として、これからの一ヶ月間、あなたに必要な知識をお教えします」
レイナはしっかりとした声でそう名乗り、軽く微笑んだ。
その表情には厳しさもあるが、どこか柔らかい雰囲気も感じられる。
一樹は少し緊張しながらも、自己紹介を返す。
「瀬川一樹です。……よろしくお願いします」
「さっそくですが、あなたはこの国の歴史や文化、そして何より、貴族女性たちとの接し方を学ぶ必要があります。この一ヶ月間で、最低限の教養とマナーを身に付けていただきます」
レイナの言葉に一樹は驚いた。
彼女が話す内容は、自分がこの世界でどのような役割を果たすかを改めて強調するものだった。
貴族女性との接触——つまり、自分はただここにいるだけではなく、何か重大な任務を背負っている。
「一ヶ月……そんなにかかるんですか?」
一樹がそう尋ねると、レイナは静かに頷いた。
「そうです。あなたがこの国で生きていくためには、知識とマナーが不可欠です。特に貴族社会では、失礼な振る舞いは許されません。それに、この国の歴史や一般教養を理解しない限り、貴族女性たちとの関係を築くこともできませんから」
彼女の口調は冷静でありながらも、決して拒絶的ではなかった。
それどころか、彼女の言葉には一樹への期待が込められているようにも感じた。
彼は、目の前に広がる新たな現実を改めて実感しつつ、これからの一ヶ月がいかに重要な期間であるかを痛感する。
「……わかりました。よろしくお願いします」
こうして、一樹の新しい日常——貴族女性たちにふさわしい存在となるための教育が始まるのであった。
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