第一章【一】
第2話
【一】バーバラ―黒髪の宮廷魔法使い、バーバラ
「バーバラ嬢ちゃん、おはよう」
「おはよう、メッテさん!」
夜明けが始まった東の稜線を見つめていたら、料理人の中年女性が裏庭に現れた。
「またオオウー山脈を見てたのかい。お嬢ちゃんは遠くを見るのが好きだねえ」
「だって、とても美しいんですもの」
六国大陸の西側にあるヤマガータ王国は、標高2000メルトルのオオウー山脈に守られた平和な土地だ。それは民のための王制を敷くヤマガータ国王のおかげ。
ヤマガータ王国には隣国のような人種差別がない。そして貴族と平民、異性、同性同士の結婚が認められている自由結婚の国だ。
六国大陸中で一番住民満足度が高いと自負している。
「今日も訓練ですか?」
「うん。もっと土魔法が使えるようになりたいの」
メッテさんに手を振って、屋敷裏の畑へ向かった。
そう、私は土魔法がてんで使えなかった。私には野望がある。甘みたっぷりのオバナーザワスイカ畑をもっと広げて、大好きなスイカジュースを飲みまくりたい。さらにレベルをあげて魔獣を倒すべくスイカ畑に両手を伸ばし、無詠唱で魔方陣をイメージした。
魔方陣は朝日を浴びて輝きだ……さなかった。うーん。やはり適性が違うのか。
私の得意な魔法は【鑑定】だ。森羅万象をこの目で見極め、嘘偽りをも看破する。なあんて格好いいことを言っちゃったけど、日常生活ではあまり使えない。
だって、もしあなたが私に【鑑定】されて、好きな人や嘘がばれたらどうする?
プライバシーの侵害だって、プンスカするよね。だから、私が使うのは仕事の時だけ。
私の名前はバーバラ=オバナー。ヤマガータ王に使える宮廷魔法使い。
去年成人した私は近所の青年たちの見合い話を蹴って城の登用試験に挑戦。見事合格した。表向きは【鑑定】魔法使いだけど、私たちオバナー家には、代々直系にのみ伝えられる秘術があった。
そう、誰しもがおそれる、黒魔法の使い手がオバナー家だ。他にも使える魔法使いがいるらしいけど、約百年前に家名と国を捨てた私たちは彼らと親交がない。
難民になった私の先祖を受け入れてくれた伯爵が、保護するために名前の一部を与えてくれた。
オバナーザワ伯爵のお抱え魔法使い、オバナー家はこうして誕生した――。
おっと、暗い話になっちゃった。さあ、気持ちを切り替えて朝食にするか。
食堂にはすでに両親が席に着いていた。
「おはようございます」
「おはよう、バーバラ」
「おはよう」
家は貴族じゃないけれど、宮廷魔法使いの父さんは礼儀作法に厳しい。それは子孫もオバナーザワ伯爵へ使えるのを見越してのことだった。
オバナーザワ伯爵の推薦なくしては、登用試験に応募することさえままならない。
恋愛には自由度が置かれている国だが、城勤めは身元の保証が重視されていた。
八人掛けのテーブルには、両親と私だけが座っている。当主を息子にゆずった私のお祖母ちゃんは、寝室で寝ていた。
「今日は城勤めのない日だから、オバナーザワ伯爵に同行して領内の結界を修繕して回る予定だ」
父さんは【結界魔法】の国内ナンバーワン魔法使い。ヤマガータ城のみならず、領地を治める伯爵や男爵からも引く手あまたのイケオジだ。
「まあ。どうぞお気をつけて」
母さんは【土魔法】が得意な大地の魔法使い。汚れた川を浄化し、やせた土に栄養を与えて実り豊かな土地へと変える。
父さん譲りの豊かな黒髪と、母さん譲りの大きな黒い瞳と唇。容姿は半分ずつ受け継いだけれど、魔法はお祖母ちゃんの【鑑定】にご先祖様の色々が遺伝した。
「ねえねえ。お祖母ちゃんの誕生日はパーティーをするの?」
お祖母ちゃんはライーズや小麦の実る秋生まれ。オバナーザワスイカの収穫最盛期から、ひと月半も先だ。
「そうねえ。体調次第かしら……」
母さんが顔を曇らせた。
八十を超えた長老が床に臥してから、国内に住む親戚が噂を聞きつけて見舞いに訪れるようになった。大好きな、大好きなお祖母ちゃん。英知に富んだメリンダ・オバナーはヤマガータ王国の伝説的な魔法使いになった。
お祖母ちゃんが死んだらどうしよう。スープを口に運んでいた手が止まった。
そんなのは嫌だ。まだ私は一人前の宮廷魔法使いになっていない。次期当主としての心得だって、完璧じゃない。そうよ。お祖母ちゃんの部屋を訪れてから、図書室でハイヒーリングの結界魔法について勉強を進めよう。
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