赤毛の騎士は黒髪の宮廷魔法使いを離さない

桐乃乱

第1話

「祖母ちゃん、気分はいかが?」

「ああ、バーバラ。なんだか眠いねえ。今日は城へ行かないのかい?」

「うん。お休みの日だよ。ねえ、あの話をしてよ」

「おやおや。あんたは本当に、おとぎ話が好きだねえ」

「だって、おとぎ話じゃないでしょ」

「そうね。でもこの話は、あたしら一族と伯爵だけが知ってればいいのさ」

「うん。ねえ、聞かせて」

「一言一句、しっかりと覚えるんだよ。バーバラは子供たちに伝える役なんだから」

「まだ私は結婚してないよ?」

「そうさね、じきにあらわれるさ」

「どんな人? ねえ教えて」

「じゃあ、ひとつだけ。赤毛の騎士が見えるねえ。おや、名前にKがつくね」

「赤毛の騎士! 騎士って、筋肉もりもりの野蛮な人種じゃん。鎧を着て、汗だくで、剣を振り回す大男と結婚したら、チビガリの私は押しつぶされちゃうよ。ダメダメ、断固お断り!」

「魔法でガードすればいいでしょうに」

「私の魔法特性は防御じゃなくて鑑定だよ。ウソをつかれた時しか使えないでしょ」

「そうだったねえ。ふふふふ」

「あははは」


 この世には魔法の能力を持って生まれる人間が、ちょっとだけいる。


 魔法といっても指先で火をおこしたり、念動力で重い石を持ち上げたり、未来の出来事を夢でみたりするくらいだ。優れた能力の魔法使いは人間の生活をおびやかすとされ、王と主従契約を結ぶ。

 宮廷魔法使いは国のため、王のために尽くさなければならない。城で働くことは魔法使いにとって、最高の名誉とされる。



 祖母は未来視の魔法が使える――。


 この頃とみに、祖母の寝ている時間が長くなった。我が一族の長が、もう少しで天に召されようとしている。魔法使いに生まれた我々は、数代前にここオバナーザワ村へ移住した。


 理由は、一族の娘がセンダーリア王国の王子に呪いをかけたから――。


 その娘は怒った騎士に処刑された。命の危険を感じた親戚は逃亡。当時のオバナーザワ伯爵は我が一族に新しい名を与えて、かくまってくれた。

 城で赤毛を見かけたら、全速力で逃げよう。私は優しくてひょろりとした、働き者の農夫がいいの。

 地味で平凡で平和な暮らし。これが私の望む幸せだ。

 私は椅子に座ると、ベッドに横たわる祖母の手をにぎった。


「それじゃぁ、はじめようかね。むかし、むかし。あるところに……」



 ※ ※ ※


 むかし、むかし。あるところに魔法使いの女の子がいました。名前はローザといい、一族の中でも高い魔法能力を持って生まれました。

 この国の魔法使いは、すり傷を治したり、顔のシワを消したり、ロウソクに火をともしたり、夢で少し先の未来が見える魔法使いがほとんどでした。


 でもローザは、格が違いました。


 黒髪に黒い目のかわいい女の子は二歳で動物と話し、使い魔を手に入れました。普通の魔法使いは、十二歳の成人の儀式で許可されるのです。

 三歳でローザは空を飛びました。魔女だって人間です。普通は空を飛べません。


 そしてローザは魔法使いの長だけが引き継げる『呪いの魔法』を、十二歳にして習得しました。

 きっかけは、当時の長が見た未来でした。


「わしは邪悪な心を持つ貴族に殺されるだろう。だからその前に、長の素質があるお前に呪いの魔法を伝えておきたい」


 ショックを受けたローザは、その貴族を呪うことはできないのか、と尋ねました。


「いいや。呪いの魔法は人間にかけてはいけない」

「それじゃ、どうやって防げばいいの?」

「神が定めし運命だ。受け入れるしかない」

「そんなのはいや。私も宮廷魔法使いになって、その貴族が悪さをしている証拠を集めるわ!」

「呪いの魔法をどうして教えるのか、わかるかい?」

「伝統だから?」

「呪いの魔法は、わしら一族のほかにも受け継いでいる家系がある。呪いの解き方を教えるために、まず呪いの魔法を身につけるのじゃ」

「どういうこと?」

「毒を消すには、まずどんな毒か勉強しなくてはいけない、ってことだよ」


 ローザは十四歳になると、宮廷魔法使いの試験を受けて合格しました。



 

 城で働き始めた新米魔法使いは仕事が忙しくて、祖父を殺してしまうはずの貴族を見つけることができません。

 人の心の中は読めないからです。

 でも、本心をしゃべらせる魔法薬は作ることができました。

 オオウー山脈に生えているペラペラ草と、月夜草を混ぜて、呪文を唱えながらすり混ぜると『うっかり玉』の完成です。ローザはお守りの中に入れて持ち歩きました。あやしい貴族に飲ませようと思ったのです。


 ところがローザが出会ったのはあやしい貴族ではなく、美しい王子さまでした。



「おお、ローザ。追加はできあがったの?」

「はい。こちらです」


 ローザが作る魔法のクリームは、お妃にとても気に入られました。ツッパリ草をセンダーリアヒマワリの油と混ぜて呪文を唱えると、シワ取りクリームになるのです。


(お妃さまによろこんでもらえるのは嬉しいけれど、ちっとも調査が進まない。こまったわ)


「母上がますます美しくなったのは、あなたのおかげです。ありがとう」


 金色の眉がりりしく、爽やかな青年がローザにほほえみました。


(だ、だれなの。このうるわしい青年は?)


「はじめまして。宮廷魔法使いのローザともうします」

「私はキーレンだ。よろしく」


(キーレン第一王子さま?)


 ローザの高鳴った胸は、たちまちしぼんでしまいました。好きになっても王子と宮廷魔法使いでは身分が違いすぎます。

 ローザは一生懸命に働いて、王子を忘れようとしました。


 一方、将来は王になると生まれたときから決まっているキーレン王子は勉学と剣術に励む日々を送っていました。

 貴族たちは娘を次期妃にしようと、舞踏会でダンスばかりを勧めてきます。

 キーレン王子は、贅沢が大好きでギラギラのドレスに香水をプンプン振りまいた令嬢が苦手でした。

 だからでしょうか。質素な魔法使いのローザが気になって仕方ないのです。

 彼女は派手な薔薇園のすみでひっそりと咲いているスミレのようでした。


 どうしても会いたくて宮廷魔法使いが働いている魔法省に出向いた王子は、温室でツッパリ草に水をあげるローザを見つけました。

 ドキドキと高鳴る胸は、やはり恋です。


「ローザ」

「キーレン王子さま……どうしてここへ?」

「あなたに会いたくて」

「私に? お妃さまのクリームがご所望ですか?」

「いいや。私が欲しいのは、あなただ」

「えっ」

 ローザのほほが赤く染まりました。王子はローザの前にひざまずきました。

「ローザ、私と結婚して欲しい」


 ※ 

 

 ローザに返事をもらった王子は、そのまま王のもとへ向かいました。


「宮廷魔法使いをお妃にしたい?」

「はい。私はローザを愛してしまったのです」


 王と妃はおどろきました。今までたくさんも貴族の令嬢に会っても、だれひとり息子の心を射止めることがなかったのです。

 やっと選んだのは新人の宮廷魔法使いでした。王は迷いましたが、妃のお気に入りの若返りクリームを作れる献身的なローザなら、と結婚を許可しました。


 だが、大臣や有力貴族たちには反対する者がいました。理由は明白。みな自分の娘を妃にしたかったからです。反対派の貴族は、よからぬ企てを実行します。

 賛成のふりをした貴族たちは、ローザを養女にしたいと申し出ました。


 ローザは貴族でも位の高いガルマ伯爵の元へ預けられて、貴族のマナーやしきたりを勉強する事になりました。

 ガルマ伯爵には美しい令嬢がいましたが、わがままで、侍女や馬丁をいじめてばかりいました。


「お父さま、なぜあの魔法使いを養女に? 私をお妃にしてくれないのですか?」


 泣きながら訴えると、伯爵は下品な笑いを浮かべました。


「落ち着きなさい。ちゃんと考えがあるのだ。お前を妃にしてみせるから、待っていなさい」


 レディーになる訓練は、三ヶ月にも及びました。ずっと王子に会えないローザは、恋しくて部屋で泣いてしまうことも。


(このまま結婚できなかったらどうしよう。王子は今頃、きれいな貴族の令嬢とダンスをしているかもしれないわ)


 そんなとき、養父のガルマ伯爵に呼ばれて頼まれました。


「ローザや、私を助けてくれ。私と対立している弟王子推進派が私の命を狙っている。ひとりは金を渡せば、私についてくれるらしい。今夜密会するから、そいつに呪いをかけてくれ」

「呪いを……私が。どうして?」


「おまえの父上が教えてくれた。私がいなければ、お前は王子の妃になれないぞ。殺せといっている訳じゃない。そこの池に住むカエルにしてもらえればいい」

 ローザは迷いました。養父がいないと、王子と結婚できない。でも、呪いは人間に使ってはいけないのです。


「ローザ、王子さまも楽しみにしている。嫌なことは片付けて、幸せになるんだ」


 悪魔のささやきが、ローザの心を黒く染めていきます。


(そうよ。私を養女にしてくれたお義父さまへ、恩返しをしなくちゃ)

 密会の時間まで、ローザは王子からの手紙を読んですごしました。



『愛しのローザ

  あなたに会えない日々は、とてもつらいです。

  薔薇園に立つあなたを、いつも思い出しています。

  結婚式が待ち遠しい。

  あなたも私を恋しいと思っているだろうか。

  

  あなたのキーレンより』



「キーレン王子さま……私も会いたい」



 ※ ※


 今夜が過ぎれば結婚式が待っている。そう自分に言い聞かせて、新月の明かりをたよりに、ガルマ伯爵邸のガルマ池へいきました。


『いいか、ローザよ。池のそばに立つ、白いマントの人物に呪いをかけるのだ』


 ローザは呪いの呪文を唱えながら、杖で空中に魔方陣を作りました。そして、白いマントの人物へ呪いの光線を当てたのです。

 ドドーン!激しい音が池に響きわたりました。


「ぎゃっ!」


 白いマントは池のそばに落ちて、そばには黒く光るガルマガエルが一匹、悲しげに鳴いていました。


「ゲロッ。ゲロッ」

「キーレン王子!」


 ガルマ伯爵がガルマガエルを抱き上げました。


(キーレン王子? その人物は、お義父さまの敵じゃないの?)


「その魔女をつかまえろ!」


 ローザの周りを鎧の騎士たちが囲みました。ローザは驚きのあまり、身体が動きません。


「やはり伯爵の言う通り、キーレン王子暗殺を企む一味の魔女だったのだな。おのれ、許さん!」


 そうです。ローザはガルマ伯爵の罠にはまり、密会にあらわれたキーレン王子をガルマガエルに変えてしまったのです。

 ローザは怒った騎士の剣で胸を貫かれて、命を落としました――。


 ローザの命が消えた瞬間、祖父である長の目が金色に光りました。

 ローザの両親が、長からの指示で一族を集めました。


「ローザがガルマ伯爵の罠にかかり、殺された」


 黒髪に黒目の一族に、どよめきの声があがります。長はローザがキーレン王子をガルマガエルに変える呪いをかけた透視を話しました。


「騎士がこの家に向かっている。私が時間を稼ぐから、みなはヤマガータ王国へ逃げるように」

「そんな。一緒に行きましょう!」

「そうだ。殺されてしまう!」

「これは、長として最後の命令だ」


 予言通り、長は邪悪な貴族に殺されてしまったのです。



 一族は、泣く泣くオオウー山脈を越えました――。


 うその報告を受けたセンダーリア国王は怒り、黒髪に黒い目の人々を城から追い出しました。キーレン王子の呪いを解いたのはガルマ伯爵令嬢ではなく、親が決めていた許嫁の伯爵令嬢でした。


 ガルマ伯爵令嬢はキーレン王子の弟と結婚していたので、王妃にはなれませんでした――。(おしまい)




 ※ ※ ※




「バーバラは、いつも泣いてしまうねぇ」

「だって、だって。ローザがかわいそうで。それに、ご先祖さまも」


 こうして私が生きているのは命がけで国を逃れた彼らのおかげだ。そしてオバナーザワ伯爵も。


「終わりがいつも納得できないんだけど、どうしてセンダーリアの王子さまは呪いが解けたのがわかったの?」

「センダーリア王国から逃げてきた国民から聞いたのさ。次期王も、そのまた次の王も黒い髪に黒い目の人間を嫌い、村人もまねるようになった。ヤマガータ王国に黒髪の人々が多いのは呪いのせいじゃない。心の狭い人間が招いた悲劇さ」

「ヤマガータ王国にとっては、逆じゃないかな」

「お父さん!」


 長い黒髪を後ろで束ねた父親が、城へ参上する服装であらわれた。青のマントには新しい名の家紋が刺しゅうしてある。


 国を逃れた我が一族には、ローザが生きていた時代と変わった点がある。


 我が一族が『呪いの魔法』を伝承する民だと知るのは、ヤマガータ国王とオバナーザワ伯爵のみ。そして主従の誓いとして、呪いの魔法は封印されている。

 封印はされているが、伝承は禁止されていない。伝承は私まで完了していた。万が一、戦争や侵略が起こったら、封印は解かれる。

 救われた我らは、ヤマガータ王国の危機を救うべく戦う。


「ヤマガータ王が、私とバーバラを呼んでいる」


 早馬が持参した国王の書状が父親の手に握られていた。


「緊急事態かい?」


 祖母の問いに、息子である父親がうなずく。


「バーバラの鑑定魔法と私の結界魔法が必要らしい」


 椅子から立ちあがった私に、祖母がとんちんかんな言葉をかけた。


「バーバラ。おとぎ話は夫になる赤毛の騎士に話しておあげ」


 私は筋肉もりもりな騎士なんて、好きになりませんから!

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