第13話
とある日、屋上へ向かっていると、あまり素行の良くない人たちとすれ違った。
格好は架くんと似たような雰囲気だが、中身はまるで違うのだと思う。
すれ違った時に聞こえて来た彼らの会話からは、汚い言葉しか聞こえてこない。
それだけの理由で毛嫌いするわけにはいかないが、彼らと架くんの相違点としては十分だった。
彼らの代表格の男子は
彼らは群れていて、架くんは一匹狼。
たまに一緒にいることもあるようだけど、基本的には別行動だった。
わたしは彼らに気づかれないようにこっそり目で追いながら、反対方向へ歩いていく。
屋上のドアを開けると、そこには誰もいなかった。
架くんはもう帰ってしまったのだろうか。
少しがっかりするが、そこで踵を返しはしない。
わたしはフェンスに近づいて、グラウンドに視線を落とした。
「危ないだろ、落ちるぞ」
じっと下を見ていると、突然後ろから腕が掴まれる。
驚いて振り返ると、架くんが立っていた。
「もう帰ったのかと思った」
「お前の方が来るのが早かったんだよ」
わたしがフェンスから二歩下がると、彼はわたしを掴んでいた手を離す。
落ちる気はしなかったけど、心配してくれたことは素直に有難かった。
「ここ、真上からサッカー部が見れて面白いね」
「あんま見ないから知らない」
「勿体ないな」
わたしはグラウンドを見下ろした。
サッカーのルールは知らない。
だけど二つのチームがボールを奪い合って、自分のゴールに入れればいいのだということくらいは分かる。
それさえ分かれば、見ていて面白い。
「吉岡はさ、毎日こんなことしてて良いわけ?」
地面に腰を下ろした架くんが、唐突に口を開いた。
その質問の意味が分からずに、わたしは首を傾げる。
「と、言うと?」
「誰かと一緒に帰ったりすんだろ。帰り道に寄り道したりしてさ。俺に構ってばっかりいると、友達減るぞ」
彼の言いたいことが分かって、わたしは苦笑した。
遠回しに「迷惑だ」と言っているのか、それとも単純に心配してくれているのかは分からない。
そこは考えないことにする。
「そうしたいのは山々だけど、そういうことは我が家では禁止されているの。世話係のことは『先生からの頼み事』って言ったから、許してもらったけど」
「ふうん」
そう答えても、彼の表情は変わらない。
納得のいく答えじゃなかったようだ。
彼は尚も言葉を続ける。
「でもさ、あんま来ない方が良いんじゃないの」
「迷惑だよね、ごめん」
「そうじゃなくて」
架くんは真っ直ぐにわたしのことを見た。
美形だなぁ、と思わず見惚れてしまう。
「誰かに見られたら、どうすんだよ」
再び彼の言っていることの意味が分からない。
目をしばたたかせると、架くんは目を逸らして溜息をついた。
「お前、優等生だっていう自覚は?」
「あるよ、すごく」
「それなら、俺と一緒にいるところなんて、見られたくないだろ」
ああ、わたしのことを心配してくれているのか。
やっぱり架くんは良い人だと思う。
「そもそも、俺と一緒にいるの嫌じゃないわけ?」
良い人だと思った直後にそう聞かれると、少し面白い。
架くんは自覚がないのだろうか。
「別に、一緒にいるのは嫌じゃないよ」
わたしは彼と向かい合うようにして、地面に座り込んだ。
「言ってなかったっけ? わたしの親、元暴走族なんだよね。だからそういう人たちとも知り合いだし、『不良』と一括りにしても色んな人がいるのは分かってる。人は見かけによらないでしょ? 架くんは優しい人だから、平気だよ。柴田先生も、見かけとはかなり違ったけど」
わたしは後ろに手をついて空を見上げた。
綺麗な青空だ。
高いところを、鳥が飛んでいる。
「だけど、一緒にいるのを見られるのは困るかな」
「だろ?」
「問い詰められるのをかわすのが面倒」
そう言って笑いながら架くんのことを見ると、彼はとても複雑そうな表情をしていた。
自分が煙たがられているのか、よく分からなかったのだろう。
「きっと吉岡と俺が一緒にいるのを周りが知ったら、みんなお前の事止めると思う」
「そうだろうね」
「困るなら、俺のところに来るの止めれば?」
一緒にいるところを見られて誤解されるのが嫌なのではない。
勝手に誤解されてみんながわたしを止めに掛かる、その干渉が嫌なだけだ。
そんなこと気にしなければ、架くんと一緒にいるのは別に嫌じゃない。
柴田先生が言っていたように、自分を着飾らなくていいから楽だ。
「でも先生と約束しちゃったし」
「それならやっぱり、俺から言っとくから。元々、吉岡は関係なかったんだよ」
「そうだね。何故かわたしは巻き込まれた。でも良いよ、わたしは。だって周りにバレる気がしないもん。わたしなら上手くやれる」
そう答えると、架くんは一瞬きょとんとした顔をしてから、笑い出した。
「お前って、なんか朋希に似てる」
「貶してる?」
「あ、お前って朋希のことそういう風に思ってるんだ」
「内緒だよ。先生に知られたら怒られる」
そう言ってわたしも笑うと、やっと架くんの表情が柔らかくなった。
彼の中で引っ掛かっていた何かが解決したみたいだ。
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