#004
シャロンはレオと別れた後、ひとり夜の街を彷徨い続けた。レッグホルスターにカランビットナイフが二本あるとはいえ、今夜のシャロンは銃を持っていない。ナイフの扱いにも長けているシャロンは慣れたように路地裏を進んでいく。月が溶けて無くなったような暗がりを進むと、微かに大麻の香りが浮遊してきて、そちらを一瞥する。黒人の大柄な男性がふたり、道端で吸引しているのが見えた。麻薬の背後にはマフィアが居ることを忘れてはいけない。麻薬はこの世で一番稼げる仕事だ。無くなることはない。シャロンは死にゆく男性を見つめ、とあるバーに足を踏み入れた。
ギルがマフィアの死体を細切れにした夜、ここ、エデンのマスターからワインとチーズを貰ってきた。マスターの顔を見たいと思ったシャロンは治安の悪い路地裏に忍び込んだのだ。地下に伸びる階段を降りていく。
「いらっしゃい」
白髪の初老の男性は眼鏡の奥の瞳をシャロンに向け、無愛想に声を上げた。マスターは一目見て、あの夜、ワインを買っていった女性だとシャロンに気付く。が、あの夜の卑猥と妖艶、両方を持ち合わせる深紅色のドレスと違い白色のワンピースという出立ちに瞠目した。印象ががらりと変わった様子に感嘆する。だが、そこはバーのマスター、顔色は変えない。
「お世話になったわ」
「あれっきりだと思っていたよ。顔を見せてくれて嬉しい」
「……あいにく借りたショットグラスを持ってきていないの」
「返ってくるとは思っていないよ」
ふふ、ッと悪戯に笑うマスター。シャロンはスティンガーと一言言葉を発するとカウンターに座る。酒瓶が棚に並べられ、ガスランプの光が灯る重厚な酒場。何人かの強面の男性が煙草を咥えながら酒を嗜んでいる。シャロンはそんな男性たちの視線に晒された。
マスターは素早くシェイクして琥珀色をカクテルグラスに注ぐ。差し出されたカクテルを手に持とうとした瞬間だ。左から音も無く手が出てきた。シャロンは瞬発的にその手を掴む。暗殺者の体の動きだった。しなやかに中性的な細い腕を掴む。
「ナイスだ」
「……」
「スティンガーを飲むとは良い女だな。カクテル言葉を知っているのか? シャロン?」
「“危険な香り”」
「まるでてめぇだな」
シャロンは隣に立った男性を見つめ、溜め息を吐く。今夜も黒色を纏った男。シャロンのスティンガーを一口飲むジョン。
シャロンはシガレットケースを取り出して、煙草を口に咥えた。ライターが差し出される。ジョンの手によって火が灯されたライターが近寄ったのだ。
「脚はどう?」
「お生憎さま。……なにか飲むか?」
シャロンが飲むはずだったスティンガーを飲み干すジョンはそう言いながらマスターに視線を合わせる。
「シェリーをちょうだい」
シャロンは挑発的にジョンを見つめた。シェリーのカクテル言葉を両者知っていた。ジョンがにやり、口の端を歪める。
気付いた時にはバーのトイレにふたりで雪崩れ込んでいた。シャロンが最後に見たジョンは、スティンガーのベースになっているコニャックの香りを漂わせ、獰猛な肉食獣を宿した双眸をしていた。そのギラつく捕食者の瞳を下から睨み付ければ、あっという間に男女の関係だ。
シャロンはトイレの壁に激しく背中を打つ。ジョンに肩にある傷を押さえ付けられ、眉間に皺を寄せる。文句を言ってやろうとしたが、早急に唇と唇を合わせられてしまう。激しく舌が咥内に挿入される。酸素まで奪い取られシャロンは悶えるようにジョンの後頭部に手を這わす。唾液で溺れる感覚がした。口蓋を蛇のように這う舌先はシャロンを征服したかのような激しいものだった。
「相変わらず可愛く鳴くじゃねぇか」
挿入されていた舌が出ていき、銀色の糸が途切れた瞬間にジョンはシャロンの鼓膜に言葉を入れる。ふ、ッとニヒルに笑った。間髪入れずつぅ…とシャロンの耳の縁にねっとりとした舌を這わせる。くつくつ、愉しそうに笑うジョン。ジョンの人差し指と中指がシャロンの舌を挟んだ。太い指先で唾液を攪拌させられると同時に上顎を撫ぜられ、シャロンは背中から力が抜けそうになる。
その背中をくるんと回転させられ、壁に再度押し付けられる。頬がトイレの壁に押し付けられ、シャロンは少々不快感を覚える。ワンピースの裾からジョンの手が緩慢に上り、肌を柔らかくしていく。滑り、揉みながら脹脛を蹂躙してゆく指先。太腿の柔い場所を通ると、レッグホルスターを抜き取った。
「抜かりないな」
「褒めてもらえて光栄よ」
シャロンの肌はジョンの指先に嬲られる。カランビットナイフをそこら辺に投げ棄てたジョンの手がまたもやワンピースの裾に入り込む。シャロンは尻を突き出したまま壁に手をついていた。そのままシャロンのワンピースはジョンの手によって捲り上げられてしまう。上品なワンピースが途端に卑猥な物となった。緩慢にシャロンの白色の尻を撫でるジョンの指先。
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