さよならの香り
藍治 ゆき
春人side
「ねぇ、桜の匂いって知ってる?」
桜を見上げていたら後ろから突然声をかけられた。後ろを振り向くと僕と同い年ぐらいの髪の長い女の子がいた。
僕は首を傾げながら言った。
「桜に匂いなんてあるの?」
女の子はふふっと僕をバカにするように笑って、桜を見上げた。
「桜もお花なんだから匂いぐらいあるよ。その匂いって、リラックス効果とか、咳止め効果とかあるらしいよ。だから、桜の匂い嗅いでると君の病気治っちゃうかもね。」
そう言って、女の子はすぐ後ろにある病院へ歩いて行った。
「ちょっとまってよ。なんで僕の病気のこと知ってるの?」
そう僕が聞くと女の子は振り向いた。にかっと笑って何も答えず、すたすたと歩き始めた。
急いであの女の子の後ろを追いかける。すると女の子は二階へと階段をのぼっていった。僕も階段をのぼる。階段をのぼりきって周りを見渡すと女の子が病室へと入っていくところがみえた。そこは僕の隣の病室だった。
僕は女の子が入って行った病室へと向かう。ドアが開いていたため、体を乗り出して病室を見渡す。
「あれ?誰もいない…」
「ばあ!!!」
「うわあ!!」
ふいに横から女の子が大きな声を出して僕の方に飛んできた。僕は反射的に大きな声を出してしまった。
「びっくりした!?」
女の子はクスクス笑いながら僕を見ていた。
「びっっくりしたぁ…。」
力が抜けてへなへなとその場に座り込んでしまった。驚いたせいで心臓がどんどんと大きな音を立てて僕の中で響いている。
「君は誰なの?見たことない顔だけど…」
そう僕を見下ろす女の子に言った。
「私、おとか。今日ここにきたの。君と一緒! 病気なの。確か君は肺が弱いんだよね?私は心臓の病気。すぐには退院できないし、仲良くしようよ。」
にかっと僕に笑いかけて言った。
「さっき会ったばかりなのになんで僕の病気のこと知ってるの。」
「通りすがった看護師さんに聞いたー!」
「はぁ。」
ため息が出た。
僕はおとかちゃんを見上げて言った。
「僕ははると。よろしくね。」
「うん!!よろしく!はるとくん!」
病気とは思えないぐらい元気に言った。するとおとかちゃんは僕に手を差し伸べた。僕はその手を握って立ち上がった。とても冷たい手で驚いたが、おとかちゃんの顔を見ると顔はほんのり赤くて血色がいい。病気って言ってたけれど、そんなに重くないのかもしれない。
おとかちゃんはまたにかっと僕に笑いかけた。
ふと病室の大きな窓を見るとさっき見上げていた大きな桜の木があった。風でゆらゆらと揺れているが花びらは散っていない。もう満開になった桜。一瞬で散ってしまうから面白くないし、この病院に僕と同い年ぐらいの子供はいないからいつもつまらない毎日を過ごしていた。
「おとかちゃんは何歳なの?」
僕はおとかちゃんに問いかけた。
「八歳だよ!!」
「一緒だ!僕も八歳!」
つい声を大きくして喜んでしまった。ほかの子供たちは僕より五歳ぐらい年上か年下で、おとかちゃんみたいな子が来るのは珍しかった。
するとおとかちゃんは僕の手を引っ張りおとかちゃんのベッドへと歩き出した。
「一緒に漫画読も!お家からたくさん持ってきたの!」
おとかちゃんは僕の方を振り返りながらそう言った。
「うん!読む!」
おとかちゃんは床に置いていたナップサックからどさっとベッドの上に漫画を広げた。
僕は広げられた漫画の隣に置いてあるおとかちゃんのナップサックに目がいった。
『村田 桜日』
おとかちゃんの名前だろうか。僕は大きく書かれた名前らしき文字を指を指して言った。
「これ、おとかちゃんの名前?」
おとかちゃんは読んでいた漫画から視線をナップサックへと移した。
「そうだよ!桜の日って書いて、おとかって読むの!かっこいいでしょ?」
誇らしげに胸を張っておとかちゃんは言った。
「春の名前なんだね。僕も春に人って書くから、僕も春の名前なんだよ。」
「へへっ、一緒だね!」
そうおとかちゃんは僕にまた笑いかけた。僕もおとかちゃんに笑いかける。
十年前、この病院の大きな桜でおかしな出会いをした女の子は僕の親友となった。
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