第9話

もしかすると、貸し出しカウンターに置いてある忘れ物入れに入っているかもしれないと思ったが、



「……それっぽいものがない」



入っていたのは、ペンや消しゴムなどの筆記具、自転車の鍵らしきものにキーホルダー、ヘアゴム、そして何ヶ月も放置されているのか、埃がいっぱい付いた分厚い毛糸のマフラーまで。



今はもう初夏と呼んでもいい季節だし、マフラーは絶対違う。



右京本人に連絡してみようかと、通学鞄のポケットに入れていたスマホに手をのばしかけて、



「……」



右京の連絡先を知らないことに気が付いた。



これだけ毎日しつこく絡まれて、毎日一緒に下校しているのに、美紅は右京の名前も連絡先も知らない。



どうしてこんな不思議な関係になったっけ、と考えて、まだ誰も来ていない図書室内を見渡す。



そして、読書をするための机の、その窓際の席を見て、ふと思い出した。



初めて右京と話したのは、美紅がまだこの学校に入学して間もない頃で、場所はこの図書室だった。



この窓際に座っていた彼に、名前を聞かれて――



そこからだ。



彼に必要以上に絡まれるようになったのは。



でも、あの時の彼は何故かとても寂しそうに溜息をついていて……



あの表情を美紅が見たのは、後にも先にも初めて会ったあの時だけ。



読書もせず、彼は一体何をしていたのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る