第32話

「えーっと……じゃあ、クレープの仕込み方教えるから」



友季は机の上に適当に畳んで置いていた前掛けを取り、腰に巻き付けながら厨房へと戻る。



その後ろを、ムスッとしたままの舞がついて行った。



そんなに難しいものでもないのでサクッと説明をしながら、舞の目の前で生地を作り、



「で、これを使って焼くんだ」



と取り出したのは、1本の竹串。



「……」



それを見た舞は、露骨に嫌そうな顔をした。



仕事を教わる上で、彼女が嫌そうな顔をするのを見たのは初めてで。



「どうした?」



何か変なことを言っただろうかと、友季は不安に襲われた。



「いえ……」



明らかに元気のなくなった舞が気になるが、そうこうしている間にも、折角作った生地は刻一刻と死んでしまう。



とにかく早く焼いてしまわないといけないので、見本を見せがてら、試しに1枚焼いてみる。



レードルですくった生地を、油を塗ったフライパンに広げる。



生地の縁が焼けて固まったら、その縁全体を竹串でつついてフライパンから浮かせる。



竹串の出番はここまでだ。



生地の縁を両手の指先でつまんだら、そのままそっと持ち上げてひっくり返し、裏面にも薄く焼き色を付ける。



一見すると簡単そうに見えるこの作業、実は生地を素手で摘むというのが慣れるまではかなり辛い。



生地が熱すぎて、ひっくり返し終わるまで持っていられないのだ。

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