第26話

「……今日はもう帰れ」



しばらくしてから、やっと体を離した祐也が、沙那にそう言い放った。



「……」



沙那は、震える手でドアノブを探り当て、慌てて祐也の部屋を飛び出した。



薄暗くなり始めた空が、沙那の泣きはらした顔を隠してくれるようで……



そのことに少しだけ安堵した沙那は、小さく息を吐いた。






それからは、どうやって家に帰ったのか、沙那自身にも全く分からない。



祐也のアパートから沙那のアパートまでは、バスで10分くらいの距離。



しかし、今の沙那は、とても人前に出られるような状態ではなく、バスには頼らず、自分の足で歩いて帰ってきた。



アパートが見えてきたと思った時、アパートの前に見覚えのある車が停まっているのが見えた。



薄暗くて遠目には分かりづらいけれども、



街灯の光で浮かび上がっているのは、滑らかな湾曲を描く真っ白なボディーを持つ車。



そして、そのすぐ傍には、その車の持ち主とおぼしき黒い男の人。



宝石のような蒼い瞳が、薄暗闇の中でも煌めいて見える。



ふと、その蒼い瞳が沙那を真っ直ぐに見据えた。



「……沙那?」



そう優しく名前を呼ぶ彼は、沙那の知り合いの中では1人しか思い当たらず――



「……スー……」



一旦は引いた涙が、安心感からか再び沙那の目から零れ落ちた。

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