第3話

「幸奈。たこ焼き買ってきたよ」


頭の中でずっと葛藤していたら、愁がいつの間にかたこ焼きを買ってきてくれた。

言った手前、食べたかったふりをした。本当は今、たこ焼きどころではない。愁のことが好きで、好きで、堪らない…。


「ありがとう。お祭りといったら、たこ焼きだよね!」


「そうか?俺は焼きそば派だな」


愁は焼きそばが好き。新しい愁の一面を知ることができた。

愁が好きというだけで、私も焼きそばが好きになった。我ながら単純だなと思った。


「焼きそばか…。焼きそばもいいよね」


彼も食べたかったのか、「ちょっと待ってて」と言い、焼きそばを買いに行った。

すぐに戻って来た。手に焼きそばを持ちながら…。


「買ってきた。一緒に食べないか?」


もちろん答えは一つしかない。一緒に食べたいに決まってる。


「うん!一緒に食べよ」


近くに座れるスペースがあった。そこに腰を下ろし、たこ焼きと焼きそばを、シェアして一緒に食べた。


「ん…美味しい!」


どちらもとても美味しかった。お祭りという雰囲気に当てられているのもあるが、好きな人と一緒に食べているから、より美味しく感じたのかもしれない。


「幸奈って美味しそうに食べるよな。いいよな、そういうの…」


愁が私の食べている姿をずっと見ている。好きな人に食べている姿を見られるのは、とても恥ずかしい。

愁はあまり食べていない。愁はどうして食べないのだろうかと、少し疑問に思った。


「え、そうかな?愁はあまり食べてないよね…」


私ばかり食べてしまっていることを気にしていたら、愁はバツが悪そうな顔をしていた。


「俺はその…、幸奈がたくさん食べてる姿を見るのが好きなんだ。

それと俺は男のわりに少食だから、気にせず幸奈が食べてくれ」


愁はきっと気を遣ってくれたのであろう。あまりにも私が美味しそうに食べるから。

本当は一緒に食べたい。でも、彼が私の食べている姿が好きなのであれば、それでいいと思った。


「分かった。でも、愁も食べたくなったら、遠慮せずに言ってね?」


私は一旦、愁のことは気にせずに、好きなだけ食べた。

焼きそばもたこ焼きもあともう少しで食べ終わりそうなところで、お腹がいっぱいになり、もう食べられなくなってしまった。


「愁、ごめん。もうお腹いっぱいだから、愁も食べて…?」


そう告げた途端、愁はそっと手を伸ばし、私の口許に触れた。


「口許に付いてたよ」


口許に触れた指先をペロッと舐めた。そのまま残りの焼きそばとたこ焼きも食べ始めた。

私は自分の口許に付いたのを、舐められたことで頭がいっぱいになった。


「幸奈、ここだと花火が見にくいから、見やすい場所に移動しないか?」


場内アナウンスでも、もうすぐ花火が打ち上がることを放送している。

確かにここだとテントが邪魔し、花火と被って見えそうにないので、移動した方が良さそうだ。

それはさておき、気になることが一つある。お互いに初めて参加する花火大会のはずなのに、どうして愁は、花火を見る前から見やすい場所を知っているのだろうか。

やっぱり、以前に他の女性と来たことがあるのかもしれない。心の中で嫌だなと思った。


「そうなんだ。それなら移動しよっか」


初めてが私…なんていう、淡い夢は抱いていない。

それでもやっぱり、私が初めての女性でありたいと願ってしまうのであった。


「幸奈、混んでるから、迷子にならないように手を繋ごう」


私はバカなのかもしれない。些細なことで不安になるというのに、彼に求められてしまえば、不安な気持ちは一切なくなり、最終的にはこうやって簡単に絆されてしまう。

自分でも矛盾していると自覚している。恋とはそういうものなのかもしれない。

相手の言動一つで、感情が揺れ動かされてしまうのだから。


「うん。いいよ。手を繋ごう…」


それ以外、特に言葉が思いつかなかった。

手を繋ぐという行為自体、彼にとっては迷子になるのを阻止する手段でしかなく、深い意味などないことは分かっている。

彼は私に気がないと思う。それならば、彼が私に振り向いてくれるまで、待つことにした。


「幸奈、ここが穴場スポットだよ」


花火が見やすい場所に着いた。空を見上げてみると、ちょうど花火が打ち上がるタイミングだった。


「綺麗…」


「綺麗だな」


空に綺麗に咲いた花火を見ることができて、暗い気持ちも少し吹き飛んだ。

そんな花火も長いようで一瞬で。気がついたら終わっていた。


「そろそろ帰ろっか」


愁がそう言うと、再び手を繋いで歩き始めた。

今思えば、素直に『好き』と伝えていたら、何かが大きく変わっていたのかもしれない。

でも、気持ちを伝えることなく帰宅した。帰り道、ずっと手を繋いでいた。そして家まで送ってくれた。

手を繋いでいるだけで、私の気持ちが愁に伝わっちゃえばいいのに…。

そしたら、愁は私に振り向いてくれるのかな?


愁にとって手を繋ぐということは、意味のない行為なのかもしれない。

それでも私にとっては、手を繋いでいるというだけで意味がある。

だからこそ、この手が離れてしまうのが怖い。

もうすぐ魔法が解けてしまう。タイムリミットが迫ってきている…。この時間が終わってしまうことが、どれだけ怖いことか。

だって、もしかしたら、明日から愁の傍に居られなくなってしまうかもしれないから。


「着いちゃったね…」


アパートに着いた途端、お互いの手が離れてしまった。まだ手を繋いでいたかった。だって、もっと愁と一緒に居たいから。

それはあまりにも大胆すぎるお願いで。恥ずかしくて言えないので、ここで解散することにした。


「送ってくれてありがとう」


いっそのこと、好きだって伝えてしまいたい。

言いたいことはたくさんあるはずなのに、いつも言えずにいる。

なんだか愁も、私が伝えるのを待っているかのように感じた。


これが少女漫画だったら、男の子の方から告白してくれるのに…。

どうして、愁は私に告白してくれないのだろうか。

…って、またバカみたいなことを考えてしまった。

このままじゃダメだ。ずっと臆病なまま、気持ちを告げられずに終わるのは辛い。

だからこそ今、玉砕覚悟で告白してしまえば、失敗に終わっても、友達でいられるかもしれない。

何度も自分にそう言い聞かせた。そんな呪文は全く無意味で。

次第に考えはネガティブな方向へと変わっていき、気持ちを告げない方が、相手にこの気持ちがバレることもなく、愁の傍に居続けることができるような気がした。

段々とそう考えるようになり、この日を境に、気持ちを告げることを諦めるようになった。



           ◇



結局、絶好のチャンスを逃したまま、気持ちを告げられずに、夏休みが終わってしまった…。

大学も始まり、次第にバイトで一緒に過ごす時間も減っていった。

シフトは毎回被っているが、夏休みとは違い、一緒に働く時間が短くなってしまった。

一度でいいから、同じ大学ならば、愁とすれ違ってみたい。


同い年だし、学部も一緒だったら、バイト先で知り合うよりも先に、大学で知り合っていたかもしれない。

サークルも違うから、たまたまアルバイトが同じでラッキーだったなと思う。

学部は違えど、同じ大学なので、学校の話題も多い。

これは運命かもしれない。そう思わずにはいられなかった。


夏祭り以降、距離が近くなり、お互いに遠慮することがなくなった。

彼の本当の気持ちを知ることは、まだ出来ず終いだが、彼に好かれていることだけは間違いないと思う。

愁は嫌いな相手とは、あまり関わりを持たないタイプだ。

それに一見、チャラそうに見えるが、実は一途で真面目だ。

私以上に愁に近しい存在なんていない。なんて呑気に構えていた。


でも、このまま告白しないなんてダメだ。なんとかして動き出さないと…。

自分の尻を自分で叩いたこともあった。その度にまだ覚悟が上手く持てず、ダメになることばかりを考えては、動き出せずにいた。


「幸奈、一緒に帰ろうぜ」


後ろから肩に腕を回され、抱きつかれた。ここ最近の愁は、やたらとスキンシップが激しい。

まるで、誰かに見せつけているかのように…。


「ちょっとまだ待って。帰り支度ができてないから」


慌てて荷物を整理し、帰り支度を済ませて、愁の元へと駆け寄った。


「お待たせ」


「おう。行くぞ」


毎回、愁と手を繋いで帰っている。

私はこの時間が好きだ。愁を独占できるから。


「幸奈はさ、好きな奴とかいないの?」


最近、愁からよく質問されるようになった。

いつもより踏み込んだ質問だった。この質問に私の気持ちは、今すぐにでも溢れ出してしまいそうになった。


「…どうしたの、突然?」


ついに愁の方から告白?!…なんていう淡い夢を期待してしまった。次の言葉を聞くまでは…。


「女の子は皆、恋バナが好きだからさ。幸奈も恋バナ好きかなと思って」


自分が期待していた方向性になることはなかった。

期待していた自分がバカだった。そんな夢みたいなこと、そう何度も起こるはずがなかった。


「なるほどね…。愁こそ好きな人とかいないの?」


自分のことは答えようとしないくせに、人には質問ばかりしてしまう。

きっと愁は、私の質問には答えてくれないであろう。それは私が愁の質問に答えなかったから。

ってきり、誤魔化されるとばかり思っていた。

でも、この時の愁は、少しいつもと様子が違っていた。いつになく、真剣な表情だった。


「いるよ。その子しか目に入っていない」


私の目を見て、そう言った。まるで狙った獲物を逃さないかのように…。そう訴えているかのように感じた。


「へ、へぇー。そうなんだ。

…あ、あのさ、今度の休み、空いてる?」


あまりの気まずに、また話を逸らしてしまった。

その時、一瞬、愁が悲しい顔を見せた。私はその顔から目が離せなかった。

優しい彼の悲しい顔は正直、かなり堪えた。


「後で確認するから、少しだけ待っててくれ…」


これは絶対に予定が確認できている上で、答えをはぐらかされてしまったパターンだ。

悲しい瞳をさせてしまった。どうしてあの時、話を逸らしてしまったんだろう。本当、バカだなぁ…私は。


「うん、分かった。待ってるね」


きっと愁は週末の予定を、私には教えてくれないであろう。

私はそれでも待つことにした。そうすることしかできなかった。

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