第2話
こうして改めて知る情報に、私はドキドキしていた。まるで少女漫画の世界みたいだ。
運命とか、そういった類いのものを勝手に信じてしまいそうになった。
「え?そうなの?初耳だよ。そっか。岩城くん、ご近所さんだったんだ…」
こうやって、少しずつ彼との接点が増えていく。そのことがとても嬉しかった。
もっと彼と仲良くなりたい。彼に近づきたい。その気持ちに、歯止めが効かなくなってきているのが、自分でも手に取るように分かった。
「…あのさ、大平さんさえよければなんだけど、これからもバイト終わりに俺が送ってもいいかな?」
まさかの提案だった。こんなミラクルが何度も起きるんて。
もはやこれは夢かもしれない…。なんて思うほど、現実を信じられなかった。
「それじゃ、お願いしようかな。一人だと怖いし」
いつかお互いの家に行き来するようになるほど、仲を深められたらいいな。
そうこうしているうちに、いつの間にか付き合うようになって。半同棲みたいになって…。
…なんていう、まだ見えない先の未来の妄想を繰り広げてしまった。
彼はきっとそこまで考えていないかもしれない。
それでも私は嬉しかった。彼に好意を抱いてもらえているという事実が…。
「よかった。嫌がられたり、ウザがられたらどうしようって緊張してたから。
それじゃ、約束だよ?毎回一緒に帰るっていう約束」
指きりを交わした。これは二人だけしか知らない約束。
この約束は紛れもない彼自身の想いだった。
その想いと優しさに触れて、私はもうこの恋を加速させることしかできなかった。
「うん。約束」
この指を離したくないと思った。
この指きりが、恋人繋ぎに変わればいいのに…。なんてことを思ってしまった。
◇
あの日から、本当に彼と毎回一緒に帰っている。
同じシフトの時以外でも、わざわざ迎えに来てくれて。必ず私が住むアパートまで送ってくれた。
これがどういうことなのか、自分ではよく分からなかった。
周りからは、「二人は付き合ってるの?」なんて茶化された。
そう見えてもおかしくはなかった。シフトが被っている時ならまだしも、被っていない時でさえも送ってくれるのだから。
しかし、周りには確信が持てないので、「違いますよ」としか答えられないのが、もどかしかった。
自分に何度も言い聞かせた。これは深い意味などないと…。
苦しい。早くこの恋が実ればいいのに。そう思わずにはいられなかった。
でも、そんなある日、前進することができた。
それは私と彼の呼び名が変わったことだった。
前までは他人行儀みたいに、名字で互いを呼び合っていた。
それがある日の帰り道。彼の方から提案してきた。
「そろそろ名字で呼び合うのもあれだし、名前で呼び合わない?」
岩城くんの下の名前は
声に出して、名前を呼ぼうとすると、声が震えてしまう。これじゃ、緊張しているのがバレバレだ。
上手く誤魔化すために、一呼吸置いてから彼の名を呼んだ。
「愁…くん」
呼び捨てで呼んでいいのか分からず、“くん”を付けた。彼は笑っていた。
そんなにおかしかっただろうか。私なりに勇気を振り絞ったつもりだが、どうやらそれが彼の笑いのツボに刺さったらしく、ずっと笑っていた。
「はい。なんですか?幸奈ちゃん」
わざと呼ばれたちゃん付けに、私の方も思わず笑ってしまった。
だって、愁には似合わないと思ってしまったから。
「ちゃん付けなんて似合わないよ。おかしいから止めて、愁」
自然と彼の名前を呼べた。彼もそのことに気づいてくれたみたいで。微笑みながら、「よくできました」と褒めてくれた。
そのままそっと手を握られ、憧れていた恋人繋ぎをすることができた。
「…幸奈、今度、遊びに行かない?」
手を繋ぎながら歩いていると、彼の方から突然、誘ってくれた。嬉しかった。
でも緊張からか、どう返したらいいのか分からず、黙り込んでしまった。
「大学の夏休みは長いし、それに俺と幸奈は同じ大学だから、二人共夏休みの期間は同じだし、それにバイト先まで同じだ。それなら休みは調整しやすい。どうかな?」
彼も緊張しているのだろうか。私の答えが早く聞きたいと言っているように聞こえた。
答えなど、言わずとも最初から決まっていた。だって一つしかないのだから。
「愁と一緒に過ごせるのなら、一緒に過ごしたい。
だから、よろしくお願いします。愁とお出かけできるの楽しみ」
ただアルバイトをして過ごすだけで終わるかと思っていた夏休みに、一気に薔薇色が見え始めた。
より一層、愁のことしか考えられなくなってしまいそうだ。
「それじゃ、夏祭りに行かないか?この近所で小さなお祭りがあるらしんだけど、どう?」
夏祭り…か。去年は高校の友達と、最後の夏休みだからと、女二人で浴衣を着て行ったのを、ふと思い出した。
初めて男の子とお祭りに行く。しかも好きな人と…。
心臓がバクバクしている。行きたいに決まってる。ずっと憧れていた。好きな男の子と一緒に花火大会に行くことを…。
「行きたい!愁と一緒に!」
立ち並ぶ出店を、二人で並んで歩きながら巡って。
いっぱい買ったら花火を見て。そしてそこで花火を見ながら告白されて…。
そうなればいいなと思った。私の勘違いかもしれない。愁は私を友達としか思っていない可能性もある。
それでも、愁が夏祭りで一緒に過ごす相手として、私を選んでくれた。
もっと愁の傍にいたい。愁の傍に居られるのであれば、私はずっと愁の一番をキープしたいと思った。
「それじゃ、その日はバイト早番でよろしくね。
…本当は入れないでほしいけどね」
ここまで言われて、ふと思う。愁の気持ちはどこにあるのだろうか。他に好きな人はいないのだろうか。
もしかして、本当は彼女がいるんだけど、上手くいっていないとか。
そんなことはないと思う。見た目こそ遊んでいそうに見えるが、中身はとても真面目な好青年だ。
そんな彼が、遊びで私を誘うなんてことないと思う。
どうして、ここまで断言できるのだろうか。そう思い込みたいだけなのかもしれない。
それでも、一番肝心なことにはまだ気づけないままでいた。
そう。それは彼の本当の気持ちだ…。一番知りたいはずなのに、まだ知らない。
思い切って、私の方から告白してみるのもアリかもしれない。
だけれど、もし勘違いだったら…。気まずい雰囲気が流れ、下手したら今のアルバイト先を辞めないといけないかもしれない。
愁がいるからと続けてきたアルバイトだったが、なんだかんだ働く仲間も良く、すっかり居心地が良くなってしまっていた。
だからこそ、余計に告白して気まずい雰囲気だけにはなりたくなかった。
どうして、そんなに私に期待を持たせるようなことばかり言うの?今すぐにでも愁の気持ちを教えてほしかった。
◇
花火大会当日を迎えた…。
花火大会に行く直前に愁から、『浴衣を着てきてほしい』…とお願いされた。
正直、迷った。本当に用意してもいいのかどうか…。
いくら頼まれたからといって、彼女でもないのに、いきなり準備万端で意気込んで行って、重い女だと思われないか心配だ。
色々悩んだ末、私はやっぱり愁のお願いに応えたいと思った。だって、愁に可愛いと思ってほしいから。
浴衣を着て、髪をアップにしただけなのに、いつもとは違う自分になれたような気がした。
鏡で自分をマジマジと見つめる。今日の私を彼に可愛いと思ってほしい。そう強く願った。
浴衣を着ているので、下駄を履いてみた。下駄だと上手く歩くことができない。
それなのにも関わらず、心は浮かれて落ち着かないまま、逸る気持ちを上手く制御できず、自然と歩くスピードも上がった。
せっかくの浴衣だったので、ゆっくり彼の元へと向かうはずだったのに…。
愁との待ち合わせ場所は、二人がそれぞれ住むアパートから近い公園だった。
公園に着くと、既に彼の方が先に来ていた。
「愁、お待たせ…」
いつもと違う私を見て、彼はどう思うのだろうか。
愁、私の変化に気づいて…という想いを込めて、彼の元へと近づく。
彼が近づく私に気づき、手を振ってくれた。
恐る恐る彼の表情を窺うと、顔を真っ赤にさせながら、驚いていた…。
「幸奈、すげー可愛い……」
口元に手を添え、顔を背けてそう言った。可愛いって言ってくれた。照れてくれたのが嬉しかった。
どうしよう、心臓のバクバクが加速していく…。
「ありがとう…。そう言ってもらえて嬉しい」
思わず、私まで恥ずかしさで照れてしまい、素直な気持ちが溢れてしまった。だって、彼の言葉が嬉しかったから。
たったそれだけのことなのに、距離がグッと縮まったような気がした。
「幸奈、手を出して」
私は愁の言われるがままに、手を差し出した。
すると、彼は私の手を取り、手を繋いでくれた。思わずドキッとした。
どうしよう…。彼に私の胸の鼓動が聞こえてしまわないかな?
なんてソワソワしながら、彼の手の大きさや温もりを感じていた。
「幸奈の手、小さいな」
彼の放った何気ない一言だった。自分だとよく分からないが、私の手が小さいというよりは、彼の手が大きいのだと思う。
「そうかな?逆に愁の手は大きくて、男の人の手って感じだね」
…しまった、と思った。こんな言い方をしてしまえば、男性として愁を意識しています…と、バラしているようなものだ。
「なんか恥ずかしいな。嬉しいけど…」
他愛のない会話をする時間でさえも幸せで。
もっとこの時間が続けばいいのに。そんな欲張りな気持ちが胸を占めた。
「それは私の台詞だよ。私も嬉しかった。頑張って浴衣を着て、それを褒めてもらえて。頑張ってよかったなって思えた。
だから愁、私は今日、愁と一緒に来れて、嬉しい。誘ってくれてありがとう」
彼は私の方を振り向いてくれた。彼に見つめられているだけで、私の鼓動は更に高鳴った。
「よかった。幸奈が俺の言葉で喜んでくれて。幸奈がそこまで喜んでくれると、俺まで嬉しくなる…」
ここまで言われて、勘違いしない女の方がおかしい。もうとっくに勘違いしてしまっている。
優しくされて、思わせぶりな態度まで取られて…。
これでもし、私のことを好きじゃなかった場合、私は何を信じたらいいのか分からなくなりそうだ。
ここに来るまでの勢いは、全て消えてしまった。
私は今日、愁に告白しようと思っていた。そうすれば、愁の思いを知ることができるから。
もし、仮にダメな結果であれば、前に進むことができる。
一方、仮に良い結果であれば、恋人として付き合うことができる。
そうしたいと思っていたのに…。マイナスなことばかり考えてしまう。
告白して、ダメになって、距離ができてしまうことが怖いんだ。
離れたくない。いつまでも愁とこうしていたい。傍にずっと居たいと思った。いつの間にか欲張りになっていたみたいだ。
「嬉しいよ。だって愁が褒めてくれたんだもん」
またやってしまった…。愁の言葉を聞く前に、自分で遮った。
「…ねぇ、愁。私、たこ焼きが食べたいな」
話を逸らした。もうそうするしか手段がなかった。
きっと愁は、私の気持ちに気づいているかもしれない。
それでも、私は恋愛経験が少ない。だから愁がどう想っているのかが分からない。
だから、気持ちを確かめることが怖いんだ。私はどこまで踏み込んだらいいのか、分からないから。
気持ちを聞くことで、この関係が壊れるくらいなら、今のままを望みたい。
でも、他の
もう無理だ。何を考えても、結局は逃げてしまう自分がいる。
どこか不思議だった。彼なら私の傍を離れていかない。きっと彼も私のことが好き…という、根拠のない自信があった。
でも、本当は不安で。嫉妬でおかしくなり、今すぐにでも叫び出したい気持ちだ。
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