1章:ずっと一緒だと思っていた…

第1話

春…。桜が満開に咲き、パラパラと散り始める頃。

大学受験を終え、無事に志望校へと合格し、晴れて華の大学生となった。

ずっと通いたいと憧れていた大学への進学が決まった。

高校入学時からずっと、「志望校を早く決めなさい」と先生達から言われ続け、正直、最初はあまり実感がなかった。

しかし、友達と何気なく足を運んだオープンキャンパスで心を奪われ、この大学が目指す目標へと変わり、それから毎日、必死に猛勉強をし、ついにその夢を叶えることができた…。

決して偏差値が高い難関大学…とまではいかないが、毎年人気で倍率も高い。

そんな大学に通うことになり、私は幸せ者だなと、暫くは余韻に浸っていた。

晴れて憧れの大学生になれたのだ。浮かれない方がおかしい。

周りの様子もそんな感じだった。最初は大学生活に慣れるため、私も周りと同じように振舞っていた。

それがとても居心地良く、楽しかった。ずっとこんな生活が続けばいいのに…なんて思っていた。


そんなふうに願っても、時間は待ってはくれず…。

月日が経てば徐々に大学生活にも慣れていき、心に少し余裕ができ始めた。

大学には様々な人間が通っている。中には地元から通う、実家暮らし組もいる。

だが、大半は地元から離れ、他県の大学へと通うため、一人暮らしをしている者が多い。私もそのうちの一人だった。

私はなんとか親の仕送りで生活をしていた。

大学生の一人暮らしということで、出来る限りの仕送りをしてもらえるが、もう高校生ではないので、アルバイトをして自分のお小遣いぐらいは稼ぎなさい…というのが、我が家のルールであった。


行きたい大学に通わせてもらっている身であるため、もちろんその条件には了承した。

親の仕送りがある分、まだマシな方だ。中には親から仕送りをしてもらえない人もいる。

とはいえども、やっぱり仕送りだけで生活していくのは厳しい。

自分が自由に使えるお金は限られている。大学生ともなると、付き合いが広くなり、サークルなどの集まりが多くなるため、出費が嵩む。

私の手持ちのお金がもうすぐ底を突く頃…。

そろそろ本格的にアルバイトを探さないといけなかった。

私はこれまでアルバイトをしたことがなかったので、まずは何から始めたらいいのか、初心者にはどんなアルバイトが向いているのか分からず、困っていた。

どうしたものかと途方に暮れていたところ、友達の中に数人、アルバイト経験者がいた。せっかくなので、アドバイスを頂いた。


「初心者にはコンビニとかやりやすいよ。それに時間の融通とかも利くし」


私は早速、友達のアドバイス通りに、コンビニのアルバイトを探してみることにした。

確か住んでいるアパートの近くにコンビニがあったような…。

なんて思いながら近所を散歩していると、なんとそのコンビニでアルバイト募集の貼り紙が…。

私は散歩をササッと切り上げ、自宅へと帰宅し、募集していたコンビニへ電話をかけた。

電話をかけたらすぐに繋がり、軽い質問を受け、そんなこんなで面接を受けることが決まった。


面接自体は簡易的なもので、その場ですぐに採用が決まった。

よく分からないまま、アルバイトは決まり、私はまた新たな生活のスタートを切ったのであった。

そして、この先どんなことが待ち受けているのか、期待と緊張が入り交ざっていた。



           ◇



アルバイトは案外すんなり慣れた。仕事も徐々にこなしていけるようになり、私は研修を無事に終えることができた。

同じ時間帯に働く人達は学生が多いので、心細くはなかった。

私の教育係の人は、私と同い年の男子だった。最初は見た目がチャラそうなので緊張していたが、話してみたら案外、優しくて真面目な人だった。

私は彼と仕事をしている時間が、とても楽しかった。

でも、もうすぐ研修が終わる。研修が終われば、もう接点がなくなるかと思っていたが、彼の方から気を利かせて、積極的に声をかけてくれた。

私はそれがとても嬉しくて。いつの間にか彼と過ごすために、アルバイトへ行くようになっていた。

気がついたら、アルバイトを始めて数ヶ月が経過…。

もうすぐ夏休みがやってくる…。私の夏休みは、アルバイト三昧だ。

何故なら、少し前に彼のシフト表を覗き見した時、彼はたくさんシフトを入れていたので、私も彼と同様、たくさんシフトを入れた。

もちろん、お金もちゃんと稼ぎたい。でも、それ以上に、私は彼の傍に居たいという気持ちの方が大きかった。

まだ彼のことをよく知らないので、もっと彼のことを知りたい。

私と彼を繋ぐものは、バイト先以外特にない。本当はバイトの日以外にも会ってみたい。

でも、まだそこまでの仲ではないような気がして。なかなか一歩踏み出す勇気を持てずにいた。

だから、いつまで経っても、バイト仲間という枠から、はみ出せずにいる。

せめて連絡先だけでも…と思った。この夏休み中のアルバイトで、私は彼との距離を詰めようと計画している。

連絡先をゲットし、いつか二人で休みの日に遊びに行く…。これが私の狙いだ。

不純な動機でもいい。私はアルバイトに行きたい。

彼との繋がりを持てるのであれば、その細い糸が千切れないように、しっかりと掴みたいから。



           ◇



夏休みに入り、数週間が経過した。特に進展することもないまま、アルバイト三昧な日々を過ごしている。

最初のうちはこんなに働くのかと、嫌気が差しそうになりかけたが、好きな人が一緒に働いていると思うと、やる気が出た。

事前にシフト票で確認済みなので、一緒に働く日が多い。

もちろん、それだけではない。夏休み中なため、いつもよりも働く時間が長くなるというのもポイントが高かった。

接点が増えるということは、その分チャンスも増える。

チャンスをものにしたいと願っていた矢先に、一緒に休憩時間を過ごすことができた。

二人でたくさん話をすることができたので、距離もより近くなったような気がした。

すると彼の方から、


「連絡先を教えてほしい」


…と言ってくれた。思ってもみないチャンスが巡ってきた。

私はすぐに、「いいよ」と返事をした。無事に彼の連絡先をゲットすることができた。

今流行りのメッセージアプリで交換をした。

彼が友達追加されることが、あまりにも嬉しすぎて、思わずスマホを抱きしめてしまった。


「ありがとう、嬉しい」


…なんて素直に想いを伝えてしまった。これでは好きだということが丸分かりだ。それでも彼は微笑んでくれた。

そんな私に手を差し出し、そっと頭を撫でてくれた。その手の熱が身体中を巡り、私の顔はゆでダコ状態になった。


「そんなに顔を真っ赤にされると、俺も照れる…」


彼の顔も赤くなり、こういう時、どんな反応をしたら正解なのか、恋愛経験値が低い私には分からなかった。

今にして思えば、この時から二人の恋は動き始めていたのかもしれない。

私がもっと素直に想いを伝えていたら、今頃何か変わっていたのかもしれない。

ふとあの頃が懐かしくもなり、羨ましくもなった。

未来のことなど分からない私は、こんな思いもよらないチャンスが訪れ、見事作戦を成功させたのであった…。



           ◇



「大平さん、こんな時間まで働かせちゃって、本当にごめんね。女の子だから、帰り道が心配だな」


すっかり連絡先を交換したことで頭がいっぱいになり、完全に浮かれてしまった。

気づけば夜も深い時間で…。いつもなら、遅くなりそうなタイミングで、店長が気を利かせて、早く帰らせてくれる。

変質者などがいたりするため、夜道は危険で。特に女の子は狙われやすい。

事件へと発展しないためにも、女性陣は早く帰らせてもらえる。

それに年齢的にもまだ未成年だ。未成年な手前もあってのことなのであろう。

そんな店長が、いつもより早く帰らせてくれなかったということは、今回ばかりは上手く人を回せるほど、余裕がなかったということになる。

長引かせてしまったことを、店長は申し訳なさそうにしていた。

私としては仕方のないことだと思っていたが、ここで店長自らまさかの提案をしてくるのであった…。


「そこで提案なんだけど、岩城くん、大平さん一人で帰らせるのは危ないし、それにお家がご近所さんみたいだから、一緒に帰ってあげて」


店長…ナイス提案。でも、少し申し訳ない気持ちもあった。

只でさえ労働して疲れているというのに、近所だからという理由だけで、一緒に帰らなくてはならない。

彼が嫌でないことを願うのみ…。そんな私の心配を消し去るかのように、彼は嫌な顔もせずに、


「分かりました。ちゃんと送りますね」


…と、すんなり返事をしていた。

本当にいいの?ましてやただの同僚だよ?彼女ならまだしも、只のアルバイト仲間を送るなんて…。

頭の中で色々と考えているが、結局のところ、岩城くんが私と一緒に帰ることを嫌がらないでくれたことが、素直に心から嬉しかった。


「それじゃ、大平さん、一緒に帰ろうっか」


本当に一緒に帰るんだ…。嬉しかった。彼の方から私に声をかけてくれたことが…。

私はそんな彼の後ろを付いていくだけで、精一杯だった。


「お先に失礼します。お疲れ様でした…」


一応、店長に一言声をかけてから帰る。その時、店長の顔が笑顔だった。

どうして笑顔なんだろう?…と、ふと疑問に思ったが、同僚同士が仲良くしている姿を見て、店長としては、嬉しいことなのかな?と思った。


「あの…えっと、岩城くん、よろしくお願いします」


初めて彼と一緒に帰るので、緊張している…。

こんな偶然、店長のお陰だ。延長してくれてありがとうございます…。


「うん。任せて。…初めてだね、一緒に帰るの」


首を縦に頷くことしかできなかった。私はあまりの緊張で、上手く喋れなかった。

そんな私を察してか、岩城くんは気を遣って、たくさん話しかけてくれた。


「大平さん、俺と近所だったんだね。…ってことはここから家、近いの?」


「あ、うん。近いよ。だからここにしたのもあるの」


いつもより暗い夜道。街灯がついているが、やっぱり少し時間が遅くなるだけで怖いなと思ってしまった。


「そっか。実は俺も。大平さんはどこに住んでるの?」


岩城くんの方から興味を持ってくれることは少なかった。

いつも会話を広げようと、私が勝手に必死になっていたのもあるが、こんなに質問攻めしてくる彼は初めてのことだった。


「えっと…、サンパレスっていうアパート知ってる?」


その単語を聞いた途端、彼の表情が一気に変わった。

どうやら、岩城くんは知っているみたいだ。


「知ってるよ。俺、そこのアパートの向かいに住んでるから」


どうしてこんなにご近所さんな上に、同じアルバイト先で働いているというのに、今まで一度も遭遇することがなかったのだろうか。不思議なこともあるものだ。

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