第一章

ブリュッセルからの手紙

第1話

「♪ランラランラ ランラランラ ランラランラ 〜♪」




ーーここは、私が暮らしているヴァンパイア界の自宅。

桔梗色の空にぼんやりと浮かぶ赤い月。

窓辺から見下ろす景色は、色とりどりの花に包まれていて時より上品な香りが鼻をくすぐる。


黒い膝丈のシンプルなドレスに身を包んでいる私が積み重なっている石壁の窓際で黄金色の花を花瓶に挿していると、開いている窓からコウモリが入ってきた。


コウモリは木製テーブルの上に止まり、オレンジ色の封筒を置いて再び窓の外へ飛び立った。

人間界で例えるならコウモリは郵便配達員。


さっそくテーブルから手紙を取って読み始めた。




「ミーナ様へ、送り主は……ブリュッセル。えっ! ブリュッセル様から私に? という事は、もしかしてこの手紙は……」




手紙を見た瞬間、確信した。

いよいよ【成人の儀式】が行われるのだと。

ちなみにブリュッセルとは、ただの髭長で長髪のお爺さんではない。

彼はヴァンパイア界の最高司令者だ。


開いた手紙には儀式の日時と場所が書かれていた。




「もうこの時期が来たんだ……。地獄の人間界なんて行きたくないのに」




ミーナは顔をしかめながら額に手のひらを当ててため息を漏らした。


人間界に行きたくない理由。

それは、ヴァンパイアを研究材料にしたり、生贄いけにえにする生き物だと幼い頃から教育されてきたから。



ーー数日後、私は黒と赤のリバーシブルのマントを身を包んで、手紙に記載されていた時間にヴァンパイア城へ向かった。

歴代のヴァンパイア国王の写真が飾られた廊下を通り抜けて、ステンドグラスが張り巡らされている大広間へと向かう。


息をするのも遠慮したいほどの緊張感。

虫の羽音すらしない会場には、同じく90日後に誕生日を迎える者が集められている。

正装をして立ち並べられているのは男女計17人。

つまり、このメンバーは今日から始まる次のステージへの同志だ。


一番最後に入室したミーナが端に並ぶと、ブリュッセルは祭壇前で参列しているメンバーに説明を始めた。




「君たちは誕生日を迎える90日前になった。存じ上げてる通り、ヴァンパイアは16歳が成人。つまり、成人の儀式を迎える為に人間界で修行する時期がやってきた。期間は最長90日。早ければ3日。これからミッション内容を皆にメッセージで送るが、達成はヴァンパイアとして生きるか死ぬかの選択肢せんたくしになる。


人間界では何不自由せず生活していけるように、これからたずさわる人物に君たちが実在する人物として事前にインプットしておいた。詳細やミッション内容はいまから配布するスマートフォンに送信しておくので到着後に確認していただきたい。


スマートフォンとは情報源の一つとして人間界で日常的に使用されているもの。それに加えて、三つの機能が搭載されている『ヴァスピス』という指輪も配布する」




ブリュッセルは祭壇から離れると、木製トレーを持った付き人と、スマートフォンと精密に彫刻されているシルバーの指輪をそれぞれに手渡しながら言った。




「ヴァスピスには白いハート型の石が三つ埋め込まれている。この石はミッション達成時に赤く点灯する。1ミッションにつき一つ。ミッションは計三回。つまり、君たちには三回のミッションをこなしてもらいたい。それに、達成情報が随時司令部に送信されるという事を覚えていて欲しい。


二つ目は、魔力制御機能が搭載されている。君たちはこれから人間界と繋ぐ異次元空間を通ってもらう。ここを通る事によって人間の姿に様変わりするが、人間界ではヴァスピスを外した途端、制御されている魔力が解けていき24時間後には元通りの姿に戻ってしまうので注意してもらいたい。


三つ目は、ミッション達成時にはヴァスピスの魔力がヴァンパイア界へ引き戻してくれる。つまり、このヴァスピスが人間界からの出口になる。


ヴァスピスは君たちにとって命と同じくらい大切なものになるだろう。

万が一、ヴァンパイアという事が人間に知れ渡ってしまったら、研究機関送りになる可能性がある。つまり、ヴァンパイアと知られないように人間界に溶け込んで欲しい。


人間は敵。そして人間界は地獄。決して情など持ってはいけない。説明は以上。何か質問がある者はおらぬか」




ブリュッセルが見渡すようにそう言うと、左から三番目に並んでいるメガネをかけた男子がスッと手を上げた。

目を合わせると、彼は言った。

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