第4話

億劫そうに身体を壁から剥がしたその人はゆったりと視線を千紗に寄越した。



雨粒は彼の黒髪を濡らす。


白く危うい首筋から、彼の気に入りの納戸色の着物の下へ滑り落ちていく様が妙に艶かしくて

千紗は然り気無く視線を外した。


微かに笑った事にも

気付かない振りを決め込んで。



「ごめん、千紗。」


謝罪を口にすれど

ずぶ濡れのこの男が傘を差さないのは、今に始まった事ではない。


謝罪が適当な事もだけれど

傘を差さずに居るのも


何もかも面倒臭がるせい。

千紗はそう思う。



大分寒さが和らいだと云えど、4月上旬の夜。

羽織さえ着ていない彼には呆れて閉口するばかりだ。



千紗に傘を差させたまま、時雨は歩き出す。

彼女の返答など待ってはいない。



ゆらり、独特なペースで歩む時雨の下駄は幾つもの水溜りを跳ねた。


時雨は儚くともそこに居て、千紗の隣りでは無く前か後ろで下駄を鳴らす。



短くて小さな折り畳み傘を突き出すように追うから

差せどその恩恵など、互いに無いに等しかった。

 



納戸色…上の文字色の様な落ち着いた青緑色。

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