第30話

時間になれば起こしてくれたのは鈴で、珠璃の体の調子を聞く。珠璃の方も多少の痛みはあれど、我慢できないほどではないから大丈夫だと伝えれば、鈴が泣きそうな表情をして珠璃を見る。それに大丈夫だからともう一度笑みを浮かべて言えば鈴もそれ以上は何もいうことなくそのまま珠璃の着替えの手伝いをし始めた。


 簡単に袖を通すことのできる着物のようなものを着せてもらい、珠璃はお礼を言いつつ、腰帯をきゅっと締める。最後に足元まですっぽりと隠してしまえる外套を羽織らせてもらい、珠璃は鈴に手を引かれながら部屋を出る。宿屋の廊下を進んだところには男性陣が待ち構えており、鈴が声をかければ存在に気づいた二人と一匹が反応してそのまま近づいてきた。



「おはようございます、珠璃、鈴。……珠璃、怪我は大丈夫なんですか?」


「みんな心配しすぎです。大丈夫ですから、早いところあの子をつけにいきましょう。春嘉さん」


「……無理な時は、本当に無理だと仰ってください。あなたがそう訴えてきてくれない限り、わたし達はあなたの痛みも苦しみもわかりません。無理だけは……しないでください」


「出来るだけ、声を上げるように努めます」


「……」



 珠璃の言葉になんとも言えない表情をつくる春嘉を見つつ、珠璃はそういえばと春嘉の後ろで鳥籠を持つ晟をみて困った表情をする。



「珠璃様、おはようございます」


「……おはようございます、晟さん。……その、手に持っているものって……」


「鳥です」


「……ですよね。……小鳥さんは、なんで毎回そんなことになっているの? なんのいたずらをしたの?」


『ちょ、珠璃ひどい! 何もしてないよ! 珠璃のところに行こうとしたら必ずこうなるんだよ!』


「そうなの?」


『そうだよ!』



 何故それだけのことであそこまで厳重に閉じ込められているのかという疑問が尽きないが、とりあえず小鳥さんをかえしてもらうために春嘉の方に振り向けば、意図を察した春嘉が無言で鳥籠に絡みついている蔦をなくしていく。


 ようやく鳥籠から解放された小鳥は羽を羽ばたかせて珠璃の頭の上にちょこんと落ち着いた。


 ほっとしたように頭の上に収まった小鳥に珠璃は思わずくすりと笑い、手を伸ばして小鳥をそっと撫でる。それに嬉しそうに擦り寄る小鳥を指先に感じながら、珠璃も落ち着きを感じる。


 小さく微笑みながら、珠璃はそのまま小鳥を頭の上に乗せたまま宿屋を出ていくのを春嘉達が追いかける。



『珠璃、今度はボクを投げ飛ばさないでね』


「時と場合によるかな?」


『爪立てて引き剥がされないようにしてるから大丈夫』


「そんなにも心配しなくても大丈夫よ。それに、小鳥さんが食べられちゃったら悲しいじゃない?」


『ちゃんと逃げるよ!』


「寅の攻撃の速さをバカにしちゃダメだよ? 小鳥さんはきっと危ないと思うから、兎の神使の頭の上に乗っててもらうわよ?」


『なんで!?』


「だから、危ないからだってば」



 そう言いつつ、珠璃はテクテクと歩いていく。



「珠璃、どこにいくのですか!」


「どこって……適当なところへ……」


「どこに向かっているのかも分からないのですか!?」


「だって、あの寅の神使がどこに出るのかもわかりませんし、適当に歩き回っていれば見つかるかなって……」


「……珠璃……」



 思い切りため息をついた春嘉に、珠璃は少しだけむくれる。



「だって、私も寅の神使がどこに出るのかなんてわかりませんし……なんとなく近づくと気配を感じるというか、なんか不思議な感覚になって場所がわかるような気がしていたから、その時に走り出したりしていただけで、私が寅の神使を見つけらえたのも偶然なんですよ」


「……珠璃……先にそういう事を言っておいていただけると、もう少し作戦を考えることもできたのですが……」


「え、だっていつも無鉄砲に走っている自覚はありましたからわかるかなーって……」


「それでわかったらすごいと思いませんか? 珠璃」



 ものすごい笑顔で春嘉にそう言われ、珠璃はうっと言葉に詰まる。そのままそっと視線をそらせば、春嘉がため息をつく。さすがにそれに対してして何も言えなかったため、珠璃は視線を逸らし続けることしかできなかった。



「……わたしもですが、珠璃ももう少し人に相談するという事をした方がよろしいですね……。ま、自分の中に溜め込んでしまう気持ちがわかるだけに何も言えないと言えば言えないのですが……」


「お互い様ですね……?」


「それをはっきりと言ったところで、あなたがわたしたちを頼ってくれていないことは事実明白になったわけですが?」


「春嘉さん、怖いです……」


「残念ながら、わたしはもともとこういう者なのです。あなたの前では一応隠してましたが今はその必要はもうないかと思いましてね?」



 せめてもう少しだけでもいいから猫かぶっていて欲しかったなと思いつつ、珠璃はテクテクとずっと歩き続けている。


 目指すのは木々が生茂る場所。寅の神使が現れるのは決まってそう言った自然のある場所だったため、今回もそちらの方に現れるかもしれないと踏んで珠璃はサクサクと移動をする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る