第28話



「……小鳥さんだけ連れて行っちゃったわ……」


「ですねぇ……」



 春嘉達の背中を見ていた二人は春嘉がしっかりと珠璃に懐いている小鳥を鷲掴みにして持って行ったことに気付いていた。そんなにも小鳥を警戒しないでもいいのにと考えながら、珠璃もモゾモゾと眠るための準備に入る。流石に背中を下にして眠るのは無理のため、うつ伏せになったまま横になり、そうすると鈴がそっと掛布を優しくかけてくれる。


 それにお礼を述べながら、珠璃は明日のことを考えた。


 兎が言っていた通り、寅を助ければ【春の宝珠】が偶然でも早く見つかる可能性はとても高い。そうすれば。



(そうすれば、春嘉さんは私にくれるかな……)



 【四神】に認められた証である、紋章を。そうすれば、珠璃は一歩、ようやく踏み出すことができる。



(ようやく、私は一歩前に進むことができる……!)



 体に、ぐっと力が入ってしまう。それにピリッとした痛みを感じて、思わず小さな声が出る。


 それに気付いた鈴が心配そうに珠璃に声をかけた。



「珠璃様、大丈夫ですか?」


「大丈夫。ちょっと、体に力が入っちゃっただけだから……」


「……珠璃様、聞いてもいいですか?」


「何?」


「どうして、そんなにも【四神】の証が欲しいと思っているのですか? たしかに、青龍である春嘉様に認められれば紋章はいただけると思います。でも、それを珠璃様が頑張る必要はどこにもないのでは?」


「あら、鈴さんも、初めの春嘉さんと同じように、私を疑っているのね?」


「え!? いえ! 疑っているわけでは……!」


「……いいの。私だって、疑問が尽きないもの。確かに春嘉さんに最初言われた時は驚いたわ。それと納得もした。私は間違いなく村娘として生きていたのに、突然神託がおりたとか、お披露目だと言って大勢の人の目にさらされたし。こんな見窄らしい女をよく担ぎ上げたなって、今考えるとちょっと感動しちゃうわね。まあ、とにかく、私が一番驚いたと言っても過言ではないと思うのよ」


「……珠璃様は、それを拒絶して、逃げようとは思わなかったのですか?」


「逃げられるのなら逃たいと思っているわ、それは、今も」


「今も?」


「ええ。だって、国のことなんて、正直私には全く関係のないことだもの。悪いけれど、たとえ国が衰退してしまおうが、それゆえに滅んでしまおうが。私には全く関係のないことだわ」


「……珠璃様……」


「けど、逃げてはいけないと思ったの。私を育ててくれた方達への恩もあったし、なんとなく、未来にはこう言うことが起こるかもしれないと言うことも聞いていたからね」



 珠璃のその言葉に、鈴は驚きを隠せなかった。



「それを予想していたと言うことですか!?」


「予想していたと言ってもいいのかはわからないけれど、それでも、そう言うことが起こるかもしれないと危惧はしていたみたいね。その時には自分たちのことを考えずに、私のやりたいようにしなさいって言ってくれていたし。……まあ、結局、私は今のこの状況が、私自身が望んだからなのか、無理やりそう言う状況にされて、流されてここにいるのかもうわからなくなっちゃったんだけどね」



 苦笑を漏らしながらそんなことを言う珠璃に、鈴はどう反応を返せばいいのか分からなくて、困惑の表情のまま珠璃を見つめる。うつ伏せになっている珠璃にはそんな鈴の表情も思いも伝わらないけれど。それでも鈴は思ってしまう。



(どうして、そんなにも普通でいようとしているのですか……?)



 もっと、たくさんのことを言ってもいいと思うのだ。理不尽なことをされたのは間違いがない、それだけはわかる。それなのに、珠璃は、言いたいことを言わないといけないと春嘉に言っていたにもかかわらず、彼女自身の言いたいことややりたい事などは全て黙殺しているような気がしてならない。


 もっと、もっと頼って欲しいと願いながら、しかしそんな事を言えない鈴は、ただじっと珠璃の背中を見つめていることしかできなかった。いつのまにか、珠璃は小さな寝息を立てて眠っている。夢の中に入ったのだと理解し、鈴は珠璃を起こさないようにそっと移動し、同じように眠りに入ったのだった。





 ――助けてくれ、と訴えてくる声が聞こえる。夢の中だと言うことが理解できる。なぜなのかは分からない。けれど、ここは夢の中なのだと。


 珠璃は理解していた。


 ――苦しい、と。


 ――助けてくれ、と。


 必死に自分に呼びかけてくるその存在に、珠璃は辺りを見回す。そこは、真っ白な空間のようで、上下左右どこをみても白一色で埋め尽くされている。微かな陰影のおかげで、そこが四角い箱の中のような空間なのだと言う事を理解し、珠璃は体を上半身のみ起き上がらせる。


 声を出そうとしたけれど、そこで初めて声が出ない事を自覚する。箱の中で響くように、助けてくれと、苦しいと、痛みを訴える声は聞こえてくるのに、それに対してどうしたのと呼びかけてあげることもできないし、大丈夫かと心配してあげることもできない。それがもどかしく感じてしまう。


 声をかけて上げたところで、何もしてあげられないのは変わらないのに。


 そんな自分の行動に、想いに、珠璃は失笑し、そして立ち上がる。ツカツカと歩き、箱の側面まできた事を手を伸ばして確認する。指先が、何か硬い物に当たって、それ以上進む事を阻まれる。


 そして。

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