第25話

とりあえず、と珠璃はなんとなく悪い空気を払拭するように、先を歩いている春嘉に声をかける。ちなみに珠璃の腕には兎、頭には小鳥、右隣には鈴がいて、背後に晟がいる。


 なんなんだろうこの立ち位置、と思いながらも珠璃は質問を春嘉に投げかけた。



「春嘉さん。私、ここに投げ飛ばされたので、どこなのか全くわからないのですが」


「……ここは、神使の集う森です。言わば神使様の住処みたいなところです」


「……………えっ!?」


「ですから、珠璃が大きな怪我をしなかったのかもしれません。ここは、特別な力で守られていますから」


「そうなんですか!?」


「ええ。……神使様たちの住処ですからね。何かあったら大変じゃ無いですか」


「あ、ああ……まぁ、そうなんですけど……」



 春嘉の言葉に珠璃は反応に困る。神使、という言葉を言うたびに、彼が苦しそうに表情を歪めているのを見ると、どう声をかけていいのかわからなくなる。どうしたものかと、俯けば腕の中にいる兎があからさまにションボリとしているのを見て、何て面倒臭い状況と思ってしまったのは仕方がないと思いたい。


 頭の上に乗っている小鳥も珠璃と同じことを思っているのか、ため息をついたような気がした。








 森を抜ければ目の前に広がるのは人の世界を強調する家屋が立ち並ぶ。その中の一軒に春嘉は堂々と入っていくのを見て、そこが宿屋なのだと理解する。珠璃も春嘉の後に続いてその家屋に入り、先へ先へと進んでいく春嘉のを必死で追いかける。珠璃と一緒に並んで歩いていた鈴も春嘉の足の速さに微かに息を乱しながらついていっているのを自覚して、珠璃は少しムッとする。


 さっさと歩いて行ってしまう春嘉の後ろ姿を見つつ、珠璃は腕に抱きしめていた兎を鈴に預けて早足で春嘉の背中を追いかけて、春嘉を少しだけ怒った。



「春嘉さん、私たちの事も考えて歩いてくださいませんかっ?」


「……!」


「あなたが何に対してそのような態度になっているのかは正直まあ、あまりわかりませんけど、それと私たちのことを考えないのは話が違うと思いませんかっ?」



 珠璃の主張にハッとした春嘉が一度足を止める。そっと珠璃を見て、そうしてから片手で顔を覆う。その行動に驚いた珠璃は思わず「えっ」と声を上げてしまうが、春嘉はそんな珠璃の声を気にすることなく、そのままの格好で謝罪を口にした。



「……そうですね。申し訳ありません。少し、気が急いてしまっていました。早くこの問題を解決しなければならないと」


「春嘉さん……」


「わたしはなぜ……。……いえ、この話はよしましょう。珠璃、鈴。申し訳ありませんでした。本来であれば女性であるあなた方に歩調を合わせなければならないにもかかわらず、わたしの勝手な思い込みのせいで辛い思いをさせてしまいましたね」


「私は特に大丈夫だけれど、鈴さんが辛そうだったから……」


「い、いえ、ワタシよりも珠璃様の方かと」


「結局は、女性二人に無理を強いたと言うことになりますね。反省します」



 そう言って、春嘉は後ろの方にいた晟を呼び、鈴と共に歩くようにと声をかけた後、そのまま自然な流れで珠璃の手を握る。突然右手を握られた珠璃は驚きを隠せなくて、春嘉を思い切り見上げる。


 そんな珠璃の反応に首を傾げるその様子を見て、珠璃は絶句した。



「珠璃? どうしました?」


「あ、あなた、先ほど私を思い切り抱きしめて怒られたばかりなのによく平然と!?」


「抱きしめてはいないでしょう? 危ないのと、女性の歩幅や歩調がわからないので手を繋いで歩いたほうが合わせやすいと思いまして。効率の問題ですよ」


「だ、だったら鈴さんでもよくないですか!?」


「そうなると、あなたは晟と手を繋ぐことになるでしょう。いけません」


「……ま、まあ、たしかに晟さんはよくわからないけど……」


「でしょう? ならば私の方がよろしいでしょう。さ、行きましょう」



 あれ、なんかすごく簡単に言いくるめられた気がする? と思いながらもすでにその疑問すらも口に出すことができなくなった珠璃は、黙って春嘉に手を引かれるままに歩き始めたのだった。頭の上にちょこんと乗っている小鳥は珠璃のばか、と悪態をついたのだった。


 春嘉と繋いだ手は存外早く離され、珠璃はなぜか椅子に座っている。部屋に入り、そのまま春嘉に誘われて椅子に座らされたのだ。ここまで丁寧に扱われるとむず痒くなってくると思いながら、珠璃は目の前に用意された茶器を見つめて、少し考える。ちなみに、その茶器はすでに急須に茶葉が入り、お湯も入れられており、今は蒸している状況だ。手際良く後から部屋に入ってきた鈴が晟から離れ、そのまま珠璃のためにとお茶の準備をしだしたのだ。


 なぜこんなにも至れり尽くせりになったのかと言う疑問を持っても、きっと無意味なことなのだろうと諦めた珠璃は、仕方なしに頭の上に乘っている小鳥を机の上に移動させて、菓子の乗っている器に手を伸ばし、それを一つ摘んで小鳥に与える。珠璃の手から菓子を嬉しそうに食べている小鳥を見ながら、その間に用意されたお茶に珠璃は鈴に向かってお礼を述べて、そのまま空いている手で器を持ち、お茶を喉に流し込む。

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