第29話

『……家、行くから。1時間後』


「はい?」




突如として言われた言葉。


首を傾げたって意味もない。



理由を聞く前に電話を切られた。



まったく。めちゃくちゃ勝手な。


今日は昼から実家に帰る予定だったのに。


しかも、ここからなら私の家より貴ちゃんの家に行った方が早い。


まさか近くにいるなんて貴ちゃんは知りもしないだろうけど。




「ご飯出来たよ」


「あ、うん。ありがとう」



村田が穏やかな顔で私の顔を覗き込む。



いつもだったら電話が掛かってくると“彼氏から?”と聞かれるけど、今日は何も聞かれなかった。



ただただ和やかに朝食を食べ、軽く喋り、村田の家から出て、足早に自分の家に帰った。




玄関のドアを開け、荷物を置く。


その瞬間、貴ちゃんが付けている香水の匂いがして、胸がざわついた。




残り香に責られている、そんな気がしてーー。

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