第32話
でも、私はやっぱり怖がっている。
草薙さんと一緒に過ごしている時間は、正直居心地がいい。柔らかな雰囲気と、柔らかな声。私を安心させるための草薙さんが、そこにいるのだ。
そう、“私を安心させるための草薙さん”。
私が机に突っ伏すと、友香ちゃんが「どうしたの?」と心配そうに声をかけてくれる。それも、申し訳ない気持ちになってしまって。
「ちょっと、自己嫌悪中なだけだから。気にしないで」
「……ごめん、言いすぎたね」
「違う違う。友香ちゃんの言ってることは正当だと思うよ。マンションの一室を借りて、そこに住まわせてもらってるのにね。本当……何してるんだろう、私……」
逃げてばっかりで。助けてもらってばっかりで。
役にも立たない。いっそのこと、大学を中退しようかと考えてしまうほど。けれど、学費は両親が出してくれているし、私が自分で稼いで自分で出しているわけではないため、そんなこともできなくて。
中途半端な自分がすごく嫌なのに、中途半端にしかできない自分しかいなくて。
ああ、色々と自信がなくなってきた。
「綾?」
「……んー?」
「顔上げて?」
「んー……今は嫌」
「泣いてるから?」
「泣いてないよ。でも、それに近い表情はしているかもね」
「わたしのせい?」
「それは絶対に違う」
「……綾」
「無理。講義あるでしょ? 行ってきて。私はもう今日の講義ないからさ」
「……わたしが戻ってくるまで、ここにいる?」
「約束するよ。ここにいる」
「…………わかった。じゃあ、行ってくるからね」
「いってらっしゃい」
顔を見ることなく送って。
私はしばらく、顔をあげられないままだった。
ふと顔をあげたのは、スマホが震えたからだ。
知らない番号からの通知だったため無視していると留守番電話につながる。そして、メッセージを受け取り始めたため首を傾げてしまう。
春翔にぃは留守電にメッセージなんて入れたことは一度もなかったのだ。だからこそ、そっと耳に近づけて本当に驚いた。
慌てて通話を繋げれば、そこから聞こえてきたのは女性の声。
できれば、私は多分、この人と関わりたくないと願いながらも、幸せになってほしいと心の底から願った人。
『……綾ちゃん?』
「悠里さん…? どうして……」
『……ごめんなさい。以前、春翔から番号を言いていたの。突然連絡なんてって思ったのだけど、どうしても、綾ちゃんに助けて欲しいの』
「……あの、先に一つ断っておきますけど、春翔にぃ関係なら私はどんなことを言われたとしても助けることはできません」
『…………』
「私は、もう春翔にぃのそばにはいられない。いたくないんです。これ以上、関わりたくないのが本音なんです……」
言い切った私に、それでも悠里さんは電話の向こうで納得がいかないと言った声を私にぶつけてきた。
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