第28話

「…ごめんなさい…………会いたい…………ごめんな、さい…………」



 気持ちを抑えられなくなって、口からこぼれていく。


 会いたいのに会えない。会ってはいけない。だって、マリンフォレス様にはすでに婚約者がいるのだから。


 決まった相手がいる人に、懸想しても自分が苦しくなるだけだ。わかっている。だからこそ。



「忘れなくちゃ、いけないのよ……」



 もう涙なんて出てこないと思い込んでも、こうやって、私自身が自分を宥めるために思い出し、自分を宥めれば、自然と涙が溢れてきて。


 頬を伝うそれに慣れたいのに、慣れなくて、それが頬に流れて欲しくないから、目をこすって、痛みを訴えられる。


 もう、ダメと自分に何度もそう言い聞かせた時、珍しく、私の部屋の扉が小さくノックされた。



「……っ」



 まさか、フルールが来たのだろうか。こんな姿を見られれば、また何か言われる。私が必死に守り続けている私を、否定されてしまうかもしれない。


 そんなことをされれば、私は、文字通りに“壊れて”しまう。


 なんとか涙を止めようと必死になっていると、扉が開かないことに気づいた。



「…………?」



 フルールならば、すでに部屋に入ってきている。あの子は、私の許可など求めていないのだから当たり前だ。


 では、この扉の向こうにいるのは誰なのだろう……?


 私は、なんとか毎日、身支度だけを整えている自分を褒めながら、乱れたところがないかをもう一度ぱっと見だけでチェックして、扉に近づき、そっと扉をあけて、外にいる人を確かめる。



「………………?」



 自分の目が腫れぼったいことも気にすることなく出て行った私に、外で待っていた人が目を見開いて驚いているのを見て首を傾げた。


 そこにいたのは、お仕着せを身につけた、私よりも少しだけ背の高い女性。帽子をかぶっているため、どのくらいの髪の長さなのかとか、髪色まではわからないけれど、その瞳は、どこかジュード様を彷彿とされる色合いだった。


 どちらかというと、紫の色味の強い、けれどその中に赤も混じったような色合いの瞳を見つめて、私は首をかしげる。


 その場に立って、私を凝視しているその女性と見つめあっていると。



「…………あんの、いけ好かない男……っ! やっぱりいけ好かない野郎だったのね……っ!?」


「…………!?」


「あの子もあの子だわ、あいつの暴走を止めろと言っておいたのに。……いや、いっそ戻って破棄させればいいわ。そうよ、それがいいわね」


「……え、えと……あの、」


「ああ、でも来たばかりなのに今更戻るとなるとまたこちらに来るのが大変になるわね……。意外と面倒なのね。あの子にもう少し人を移動させる力とかがあれば良かったのだけれど……いえ、それは私も同じだわ。人のことを責めても仕方がないわね」


「…………」



 目の前でぶつぶつと呟きをこぼすその人に、私はすでについていけないでいる。

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