第29話

彼は、目の前の白紅麗の瞳をじっと見つめる。


 そして、少しだけ寂しそうな表情で微笑む。



「……先に、俺がお前を見つけていれば、お前は俺に寄りかかってくれたか?」


「わかりません。ですが、もしかしたら、その可能性はあったかもしれませんね」


「……惜しいことをした。面倒臭がらずに、ちゃんと来ていればよかったな」



 そう言って、彼はすっと白紅麗から少し距離を置く。


 しかし、何を思ったのか、やはり手を伸ばして白紅麗のその髪をすくい上げる。それに驚いて白紅麗は思わず体を硬直させる。


 しかし彼はそんなことは御構い無しにすくい上げた白紅麗のその髪に、優しく口づけを落とした。



「!!」



 その行動に驚きと羞恥を感じて、白紅麗は思わず体を後ろにのけぞらせる。しかし、その程度で彼の手から自身の髪を救い出すことなどできず、顔を真っ赤にする。


 そんな白紅麗を見て、彼は野生的な笑みをにっと浮かべる。



「俺は、お前のことが気に入った。だから、諦めない」


「な……!?」


「いつかお前をここから必ず連れ出してやるから、それまで待っていろ」


「えっ!? あ、あの!?」


「……さて、そろそろ戻らないといけないか…。せっかくの逢瀬がこんなに短いと、なんだか遣る瀬無いな。……口づけでもするか?」


「……っ!!」



 この人は一体何を言っているのだろうか。白紅麗は思いっきり首を左右に振って拒否した。


 そんな白紅麗の様子に彼は笑い、そして立ち上がった。



「冗談だ。じゃ、また会おうな、白紅麗」



 その言葉にも、白紅麗は否定する。しかし、今度は彼が否定した。



「これは冗談ではないからな。……じゃあな」



 立ち去っていくその後ろ姿を、白紅麗は見送るしかできなかった。


 物陰に隠れるようにしていたその影は、白紅麗の部屋から出て来たその男をにらみつける。あってはならないことなのだ。白紅麗のそばにいるのは、自分しか許さない。


 他人が入る余地など、どこにもないはずだったのに。



「…………そんなこと、あっていいはずがない……」



 思わず呟かれた言葉は、憎しみに染まっていた。









 夕方になり、璃が帰って来たのを見て、白紅麗は思わず璃にすがるような視線を送ってしまった。そんなことを滅多にしない白紅麗に、璃は驚きを隠せないままとりあえず白紅麗の部屋に招き入れてもらう。



「白紅麗様、どうされたのですか?」


「あ、璃……私、……」


「落ち着いてください、白紅麗様。……そんなに混乱されているなんて、珍しいですね」



 璃のその言葉に、それでも白紅麗の頭は混乱を極めていた。

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