二人の足で歩いて行く
36
「ありがとうございました」
休みの予定を合わせて、ようやく新しい場所へと引っ越しになった。
引っ越しセンターさんのお世話になり、荷物を全て部屋まで運んで貰い終了―――――とはいわず、ここからは二人分の荷解きが待ってる。
荷物を全部出して貰えるプランもあったけれど、「初めての共同作業にしたい」と喜ぶ私を見て、みっちーは「そうするか」と二つ返事で了承してくれた。
「ガスも電気も手続きちゃんと終わったから、今日から風呂も入れるし、後は……」
引っ越し業者さんを見送ってから、部屋の中をグルリと一度確認するみっちーの後へと続いていく。
ここへと引っ越してきた時も自分で色々と手続きをしたけれど、ガスも電気も引っ越しの次の日に予定を組んでいたので痛い目にあったのを覚えてる。その時が真夏日じゃなくて良かったと心底思う。
「冷蔵庫の中身が空っぽだけどどうする?」
引っ越しをするので、冷蔵庫の中身は全て引っ越し前に片付けてしまった。
「冷蔵庫の中が冷えるまで時間かかりそうだし、今日は久しぶりに飯でも食いに行くか」
「良いね!そうしよう!ラーメンが食べたい」
「みちかはすっかりラーメンの虜だな」
好き嫌いは元から特に無いけれど、ラーメンが凄く好きだったというわけでは無かった。みっちーと居るようになってから、色々なラーメン屋さんを教えて貰い、今では大好物ランキング上位に君臨してる。
「じゃあある程度いる物の荷ほどきだけは終わらせちゃうか。使う物重視で取り出して、今日中に終わらなかったら後日ちょっとずつ出していくって事で」
「賛成!」
みっちーはキッチン周りの道具を、私はお風呂場の道具や洗濯で使う物を詰めた段ボールを脱衣場へと運んで出していく。
「みっちー、洗濯洗剤とか使い切っちゃったからそれも買ってこないと無いよ」
「じゃあ出たついでに帰りに薬局でも寄ってくるか。引っ越してから買えば良いかって古い物捨ててきたりしたしな」
「そうだね。確かここの近くにも薬局あったから、そこで帰りに買って来よう」
引っ越し先は色々悩んだ末、私が元々住んでいたマンションの近くになった。どちらの出勤場所からも近く、マンションの条件も良かったというのが決めてになった。
「みちかはこの辺詳しいし、引っ越したら色々店教えて」と言われた言葉も嬉しかった。
「あと、何ラーメンが食いたいかも考えておいて」
「今日は味噌が食べたい気分です」
「了解。駅挟んだ向こう側に美味い味噌ラーメン屋あったな」
「もしかして一回一緒に行った所?」
「そうそう。俺あそこ好きだったけど、みちかは?他探してみる?」
「ううん。あそこ美味しかったからまた食べたいって思ってた」
じゃあそこにしようかと、今日の夕食も決まり、荷解きが尚更捗った気がする。
大方必要な物を出し終えて、リビングキッチンへと戻るとみっちーは丁度鍋類を出しているところだった。
「私終わったから、そっち手伝おうか」
「いや、俺もそんなに時間かからないと思うから。もし疲れて無かったら、みちかの荷物出しちゃいな。仕事行く時服とか必要だろ」
言われてみれば確かにそうだった。
一緒に住める事に完全に浮かれている自分が居る。未だに沢渡みちかさんと呼ばれるのに慣れておらず、ドキリとしてしまう事があるくらいだ。
私達、結婚したんだもんね。
「どうした?」
ぼんやりと幸せなこの時間を堪能していると、私の視線に気が付いたみっちーが不思議そうな表情で手を止めた。その姿も格好いい。素敵な旦那さんすぎる。
大好きだとその背中に飛びつきたいけれど、気持ちが押さえきれないままみっちーに突撃すると、キッチンの引き出しに思いっきり顔面をぶつけてしまう事になるだろう。そんな事は出来ないので、爆発しそうな愛しい気持ちを何とか堪えながらも「自分の荷物出してくるね」と背を向けた。
「みちか何やってんの」
「ん?」
自分の服を取り出す事に集中していたので、みっちーがいつの間にか真後ろに立って居た事に気づかなかった。いつからそうして見られていたのか。
振り返るとおかしそうに口元を緩めて笑いを堪えてるみっちーの姿があった。
そういう顔をしているという事は、大体の事はバレているんだろう。
普通に服を取り出して畳んでしまえば良い物を、一枚一枚取り出す事に『これはまだみっちーに見せていない服』『これはまだみっちーの前で着ていない服』と頭が勝手に変換してしまった。
気が付いたら着た事がある服を奥へ、着た事が無い服を手前へと箪笥の中へとしまっていて、可愛らしいワンピースなんてものはハンガーにかけて分かりやすい場所へと引っ掛けている始末。相当な時間がかかって、まだ半分も出し終わっていなかった。
「えーっとこれは」
上手い言い訳は何も浮かんでこず、みっちーも責めるような顔をしていないので、正直に「みっちーの前で着たい服をここにかけて、まだ着てない服をここに置いてって整理してました」と白状する。
笑いを堪えていたみっちーは、声を上げて笑った。
その表情があまりにも優しいもので、私は堪らず立ち上がってみっちーに突進した。転ぶ事なく私を抱き留めたみっちーは両腕で強く私を抱きしめる。
「可愛いなー」
たっぷりの甘さを含んだみっちーの声が頭上から降ってくる。
照れくさいけれど、本心でそう思ってくれている事が伝わってやっぱりとても嬉しいと思う。
大方の片づけを終えてから、混み合う前にと少し早く家を出た。歩きついでにこの近辺のスーパーや薬局、病院なんかをみっちーに教えながらも歩いていく。
今までこうして一緒に歩いた事は何度もあるのに、不思議と見ている景色が全く違うもののように思えた。
みっちーは濃厚味噌つけ麺を、私は辛味噌ラーメンを食べて、少し遠回りで歩きながらも再び帰り道を辿っていく。途中で薬局に寄る事も忘れずに。
必要な物を購入した買い物袋をぶら下げながらも、新しく建ったばかりの私達の住むマンションを遠くに見つめながらも歩いていく。
煌々と灯るライトアップされたその場所が、これからみっちーと暮らしていく新しい場所。もしかしたらこの先、またみっちーが移動になって引っ越しをするかもしれないし、しないかもしれない。
もしかしたらこの先、二人で沢山お金を貯めて家を買うかもしれないし、買わないかもしれない。
どんな道を辿っても、みっちーと一緒の場所に辿り着く。あの時みたいに離れる事は無い。
「みっちー」
「大好きー、だろ」
何言いてえのか分かるよ、と笑って言ったみっちーの腕に手を絡めた。
「違うよ、愛してるーだよ」
いつかの時、たまたま見かけたドラマで「愛してるよ」と男の人が女の人に囁いてた。
どういう意味なのか分からずに、お父さんにどういう意味?と問うと、困ったような顔で「好きのもっと上の言葉だよ」と教えてくれたのを覚えてる。
笑って言うと、みっちーは少しだけ驚いたように私を見つめ、それから持っていた買い物袋を私とは逆側へと持ち替えて手を握ってくれた。
みっちーは照れくさそうに一度だけ握った手を軽く振る。小さい子供が照れくささを誤魔化すように。
「俺も愛してるー」
ちょっとだけおちゃらけた言葉遣い。軽く振った私達の手が、余韻を残して間で揺れてる。
先に見えるマンションまで、そうしてゆっくり歩いて帰る。
新しい、私達の新居に向かって、二人の足で歩いていく。
いい加減に好きだと言って! 里 @sato--0410
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