第9話

「社長、こちらがお願いにあがっているんですから」


 すると、男性の背後から、パンツスーツ姿の年配の女性があらわれた。アップスタイルの黒髪と、シンプルな銀縁の眼鏡から、几帳面そうな印象を受ける。彼を社長と呼んでいるからには、部下なのだろう。


 警察を呼ぶまでもないかもしれない。

 いやしかし、二人組の詐欺師ということも考えられる。

 晶が考えを巡らせていると。


「とにかく、パティシエの佐久本晶を呼んでくれ。話があるんだ」


 男性は目の前の晶に対して、そう言った。


「佐久本晶は私です」

「えっ、君? 君は女性か?」

「ああ、はい。名前でよく間違われますが、女です、一応」

「くそっ、女か。だったら、パティシエじゃなくパティシエールと書いておくべきだろ」


 男性は不満げにぶつぶつと言う。


「社長、やめておきますか」

「そうだな。女性ならわざわざ……帰るか」


 ひそひそと話しあう二人の声は、しっかり晶の耳に届いていた。


 そもそも、名詞が男女で異なるフランスと違い、日本ではパティシエと言えば男女問わず洋菓子職人というのが一般的である。もちろん、本場フランスをならってパティシエールという店もあるけれど。


「ウェブサイトをご覧になったのなら、パティシエともパティシエールとも書いていないかと。ケーキデザイナーの佐久本晶です」


 ケーキデザイナーとして独立した晶は、堂々と胸を張った。勝手に勘違いして文句を言われるのは理不尽だと、さすがに思ったからだ。

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