第29話

「澪、うちらトイレ行くけど澪はどうする?」


「あたしは大丈夫だから、この辺で待ってるよ」


2人を見送り、近くにあったベンチに腰掛けて待つ事にした。

おもむろに携帯を取り出してみるも、母親からのメッセージが入っていただけで、ありさや梓からのメッセージは無かった。

勿論、美咲からのメッセージも。


軽く溜め息をつきながら携帯をしまうと、空を見上げた。

白い雲が薄青の空に浮かんでいる。


そういえば、今夜は満月だとテレビで言っていたのを思い出す。

あの日2人で見たスーパームーンを思い出す。


ふとした事で、美咲の事を思い出してしまうから。

結局のところ、何処にいたって貴女を浮かべてしまう。

そうやって、今日まで生きてきた。


もう1度携帯を取り出し、画像のフォルダーを開く。

お気に入りの画像を開く。

お気に入りの貴女の画像を見つめる。

指先で画面に映る貴女の頬を撫でてみる。


胸が切なくなる。

早く画像を閉じればいいのに、意思とは裏腹に動かないのは何故か。


少しだけ、心が曇る。

空はこんなに晴れているのに、あたしの心の天気は曇りとなる。

雨が降らないようしないと。


貴女は今何をしているんだろう。

お店は忙しいんだろうか。

接客が苦手な貴女は、フロアに立ってちゃんと接客を出来てるんだろうか。


でも、貴女は料理を作るのが好きだから、厨房に立っているのかな。

料理を作っている時の貴女を、見ているのが好きだった。


最後に貴女の料理を食べたのはいつだっけ。

また…食べる事は出来るだろうか。


貴女が初めて作ってくれた料理の味は、今でもしっかり覚えている。

美味しくて、嬉しくて、幸せだった。


あたしのバイトが終わった後、貴女の家に行ったらご飯を作って待っていてくれて。

他愛ない話をしながら、2人でご飯を食べて。


そんな小さな事さえ、幸せが溢れていた。

ほんの少し前の事なのに、酷く遠い昔の事のように感じる。


時はどんなに流れても、思い出はいつまでも胸の中。

少しだけ痛んだ胸を、そっと押さえた。

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