第7話

「こうして美咲と一緒にいれる時間は、もう少ししかないんだね」


紗也の右手が、美咲の左手にそっと触れる。


「寂しいな…」


美咲の手に、紗也の手が絡まる。

心が痛む。


「紗也、ごめんな…」


ほどいた左手で紗也の頭を撫でる。

と、急に紗也が頭を上げた。


「ごめんなさい、困らせるつもりはなかったの。

 ほら、飲もう?」


無理に笑顔を作っているのが解るから。

チクリ、チクリと胸が痛む。


紗也がいなかったら、自分は今日までイギリスで頑張る事は出来なかった。

それは間違いない。


大事な友達。

大事な支えだった。

特別な関係ではなかったけど、特別な人だったと美咲は思う。


まだこっちに来たばかりの頃は、澪の事もあり、心を閉ざしがちだった。

愛想笑いでやり過ごすばかりで、仲間達とも一線を置いていた。

そんな美咲に一番最初に近付いたのが紗也だった。



寂しげに笑うのが印象的で。

男の子みたいなところもあって。

憂いを含んだ瞳の意味を知りたくて。


気付いたら、心にいつも貴女が溢れていたから。

目を反らせなくなるのに、時間はかからなかった。


仲良くなれて嬉しかった。

けど、いつしか友達以上の関係を望む自分がいた。

心に生まれた気持ちに、戸惑いを隠せなかった。


今、こうして2人でいれるのも僅かだ。

1分1秒を無駄にしたくない。




紗也の瞳は、美咲をまっすぐに映していた。


「そんなに私を見つめて楽しいかい?」


紗也の視線に気付いた美咲が、悪戯な笑みを浮かべながら紗也を見る。


「美咲が格好いいから見てたんだよ」


にっこりと返されてしまう。

なかなかこそばゆい。


「格好良くないって」


「今まで見てきた人の中で、1番格好いいよ」


「大袈裟だなあ」


思わず笑ってしまう。

冗談だとしても、嬉しいと思ってしまう。


「ねえ、美咲」


「なあに?」


「…やっぱり何でもないっ」


「何だよ、めっちゃ気になるじゃん」


またまた笑ってしまう。

だが、紗也は笑顔に言葉を隠した。



『今だけは恋人みたいに過ごしたい』



言えなかった言葉を、紗也はビールで流し込んだ。

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