第4話

あの日からずっと、澪の事を忘れた事は1度もない。

最初は思い出す事さえ辛かった。

忘れられるなら、忘れてしまいたかった。

けど…出来なかったのは。


時間が胸の痛みを和らげ始めた頃、少しずつ2人の思い出を振り返れるようになって。

隣にはいつも君がいた。

いつだって手を繋いで、些細な事でたくさん笑って。

ただ、幸せだった。


自らの手で傷付け、自らその手を離したのに。

また、君に会いたいという気持ちが生まれて。


「仮に日本に行って、その恋人に会ったとして、フラれたらどうするんだ?」


「その時は…もう2度と日本には戻らないでしょうね。

 こちらに永住します」


「そんだけ本気って事なんだな」


一か八かの賭けもある。

でも、何もしないよりはましだ。


「半端な覚悟で日本に戻るなら行かない方がいい。

 けど…お前さんのその目はまじだな」


美月と2人でイギリスに来た時の第一声は、「君はどうしてそんなに悲しい目をしてるんだ?」

あの時は、澪との別れの時が近付いているのが目に見えていたから。


「今のお前さんの目には、やっと光が灯った気がするよ。

 ずっと寂しい瞳をしていたのに。

 安心したよ」


川田さんはニコッと笑った。


「まあ、美咲の事だし、こうって決めたらテコでも動かんからなあ。

 日本に戻る事に、変わりはないんだな?」


私はもう揺るがない。

もう、捕らわれないと決めたから。


過去を変える事は出来ないけど、未来を変える事は出来る。

明か闇か、それは解らないけれど…。

けど、君に対して何もしないまま、ただ時が過ぎていくのを眺めているだけでは、駄目だと思うから。



ー何より、君に自分の気持ちを直接伝えたいからー



「正直なところを言えば、美咲が抜けると仕事が回らない。

 から、とりあえず新しい人を探さなきゃな。

 新しい人がある程度出来るようになったら、日本に帰っていいってのは駄目か?」


「いえ、大丈夫です。

 自分も準備とかありますし」


「解った。

 美咲がいなくなったら、店の連中や常連が寂しがるなあ」


「そう言って貰えるだけで、寂しいって思って貰えるだけで、私は感無量ですよ」

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