第6話

 咳も涙も落ち着き笑顔が戻ってきた加代は、千尋とお茶を飲みたいと珍しく我が儘を言った。

 姪の気持ちを汲んだ叔父は、さすがに恐縮して断った千尋へ「少しだけでいいから、付き合ってやってくれ」と頼み込む。

 三人は、縁側でささやかな休憩を取ることになった。

 都で美味しいと評判の店の牡丹餅を食べた千尋の目が輝き、加代が遠慮せずに沢山食べてと勧めるなど穏やかな時間が流れ、楽しいときはあっと言う間に終わりを迎える。

 章吾から同居している老夫婦が居るとの話を聞いた加代が残った牡丹餅を手土産に持たせ、千尋は礼といとまを告げたあと、章吾へ顔を向けた。


「……もし『三条薬房』より良く効く薬を出す薬房があったら、そこの薬を姪御さんに試してもらうことはできますか?」


「主治医の意見を仰ぐ形にはなるが、もし加代の症状が少しでも改善されるのであれば、薬房の変更自体は問題ない」


「でしたら、こちらの薬房の薬を一度試してみてください。きっと、症状は以前のように落ち着くと思いますので」


 千尋が口にした薬房は、昔、父の弟子をしていた人物が独立し開業したところ。

 彼は高価な薬草の力だけには頼らず、安価な薬草を様々に組み合わせることで薬の効能を高める千尋の父の技術を受け継いでいる。

 今の三条薬房の薬よりも、彼の薬房のほうが安くて良い薬が手に入るだろうと千尋は考えた。

 薬房名を、章吾はすぐに手帳へ書き取る。

 住所も漏れなく聞き取り、明日さっそく自分が購入しに行くとの章吾の話に笑顔を見せた千尋は、代八車を引き帰っていった。


「おじさま、千ひろさんて不思議な方でしたね」


「そうだな……」


「だって、女性が苦手のおじさまが、あれだけ会話ができたのよ……ふふふ」


「あ、あれは、最初に彼女を女性と認識していなかったからだ!」


「まあ、そういうことにしておきましょう」


 加代は章吾が女性を苦手だと思っているが、章吾としては『苦手』ではなく『嫌い』なのだと思っている。

 章吾は負けず嫌いな一面はあるが、基本的に穏やかで優しい性格だ。

 都内で名のある大店『高鷲材木店』の次男である彼は見目も良く、学生のころから人気があった。

 他の兄弟は満更でもなさそうだったが、章吾は周囲で騒がれることが迷惑でしかなく、かなりうんざりもしていた。

 その反動で年頃の若い女性に対してずっと良い感情を持てずにおり、二十三歳になった今も所帯を持つことなくいまだ独身だ。

 そんな章吾だったが、出会ったときから自分に対し秋波を送ることもなく自然に接してくる千尋が驚きでもあり、話をしていて心地よかったことは事実。


(それにしても……)


 章吾はふと思う。

 牡丹の鉢植えの件といい庭木の件といい、いくら鉢植え売りを生業にしているからといっても、あれほど的確に物事がわかるものなのだろうか。

 加代の言う通り、千尋は本当に不思議な女性だった。 

 そんな千尋が推薦する薬房の薬は本当に効くのか、章吾は個人的に興味を持った。

 通常ならば使用人に買いに行かせるところだが、今回は自ら足を運んでみようと即決したのだ。


(おそらく、加代の症状は改善するだろうな)


 それは予想ではなく、ほぼ確信に近い感情だった。

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