第9話

何も言わずに、彼女を眺める事にしてみる。

彼女は勢いよく上半身を起こし、辺りを見回す。

そんなに首を左右に振ったら、傷めそうな気もするが。


「あれっ!?

 ここ…あれっ!?」


まだ完全に覚醒していらっしゃらないご様子の彼女は、頻りに記憶を呼び覚まそうとしている。

口元の端が光って見えるのは、やはり涎だろうか。

だとすれば、彼女は見ず知らずの人様の家の布団に、涎をしたという訳で。

…クリーニング代を請求したら、また顔を真っ赤にしてお怒りになられるだろうか。


「…あ、そうだ、変な人の家に泊まったんだった」


「助けてやったのに変な人呼ばわれかい」


黙っているつもりだったが、変な人と言われては黙ってはいれなかった。


「げっ、いたの!?」


「自分ん家なんだから、いたっておかしくないだろ。

 てか、変な人ってなんだよ。

 失礼にも程があんぞ」


「変な人には変わりないじゃん」


「その変な人についてきたあんたは、もっと変な人だと思うぞ」


「う、うっさいな!」


お目覚め1番の大声。

とっても耳に届くお声でございます。


「うっさいのはどっちだよ、朝っぱらから大声出すな。

 少しは静かにしろ。

 そんなに大声を出さなくても、襲ったりもしねえっての」


「お、襲うの!?」


「…あ~も~、口の中にありったけのバターロール詰めてえよ…」


カップを持ってない手で、こめかみを押さえる。

今日ほど二日酔いじゃなくて良かったと思った時はない。

二日酔いでガンガン、ゲロゲロの時に、この大音量は凶器に近い。


大声を出していた事に(漸く)気付いた彼女は、ハッとして口元を片方の手で覆った。


「…ごめん、なさい」


悪態の1つでもついてやりたい気もあったが、大人気ないからやめた。


「いいよ、別に。

 何か飲むか?」


「コーヒー…砂糖とミルク!」


ブラックは飲めないと解ったから、砂糖もミルクも用意するつもりだったけどね。

再び台所に戻り、先程と同じ作業をし、カップにコーヒーを入れ、お湯を注いで彼女の元へ。

テーブルに自分のカップと、彼女のカップを置くと、砂糖とミルクとスプーンを取りに行った。

今日だけで既に3往復もしている事に気付いたのは、ラグに座ってからだった。


テレビをつけ、ニュースを観ながらコーヒーを啜る。

彼女も何か話すでもなく、コーヒーを飲む。

これでは単なる無言のお茶会だ。

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