第7話

仕事が終わって、僅かな休みを味わう予定だったが、まさかこんな事になるなんて、夢にも思ってなかった。

嘆いたところで、時間が戻る訳じゃないけど。


そのまま彼女は、暫く口を閉ざしたままだった。

目も伏せ、私と視線を合わせない。


…少しキツく言い過ぎてしまっただろうか。

自分よりも年下であろう人に対し、大人気なかったかもしれない。

仕事の疲れも合わさって、自分も結局八つ当たりしてしまった。



「…ごめんなさい」



蚊が鳴くような、それはそれは小さな声だったけど、確かに耳に届いた。

聴力は人並みにある事が立証された。


「…私もごめん、言い方がキツかった」


彼女は顔を左右に振った。


「…寝るなら、ベッドは貸せないから、ソファで寝て。

 今布団とか持ってくるから」


彼女は伏せていた視線を私に戻し、こくんと頷いた。

瞳はちょっとだけ赤かった。


自室のクローゼットから、滅多に使わない来客用の掛け布団と枕を取り出し、リビングに戻ると彼女の足元近くに置いた。


「腹減ってるなら、カップラーメンがあるから、ケトルで湯を沸かして食べていい。

 私は疲れたから、もう部屋に行く。

 鍵はテーブルに置いておくから、私が起きる前に出てくなら、鍵を閉めたら玄関のポストに入れておいて」


そう言ってから玄関に向かい、靴箱の上に置いてあるキーカバーを手に取り、リビングに戻ってテーブルに置いた。


「何かあったら、寝室のドアをノックして。

 熟睡してたら、気付ける自信はないけど」


彼女は無言で頷いた。


「疲れてんなら、さっさと寝ろ。

 寝不足は心身に異常をきたす。

 じゃあな」


ずっと独り言を言っていたみたいになってしまったけど、まあいっか。

残ってたビールを飲み干し、台所のゴミ箱に捨てると、洗面台に行って歯磨きを済ませ、部屋に向かった。


ドアを開けたその時だった。



「ねえ」



普通の大きさの声で、声を掛けられた。

ゆっくり振り返る。


「その…」


申し訳なさそうな顔をしながら、何かを言いたげにしている。


「どした?」


彼女と視線が合う。



「……色々、ありがと」



子供のようにも見えたし、大人のようにも見えた。

これが本来の、彼女の平常時の表情なのだと思った。


ここにきて礼を言われると思わなかったから、些か面食らってしまったが。

…何だかこちらも照れくさくて、ぎこちなくなってしまう。


「いや、別にいいよ」


後頭部を右手でポリポリ掻きながら、答えてみた。

もうちょい柔和に言えたら良かっただろうか。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


再び彼女に背を向け、部屋へと足を踏み入れたのだった。

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