第32話

「風呂は明日まで我慢な。

 下着はさっき里美が買ってきてくれたやつがあるから大丈夫。

 あ、洋服がないか。

 後で里美に頼んでおくよ」


ベッドの端に腰掛けながら、あたしの頭を撫でるのを止めない。


「先生は何処で寝るの?」


「床に布団敷いて寝るから、白石は安心してベッドを使いたまえ」


先生は静かに立ち上がると、部屋の電気を暗くした。


「私は風呂入ってくるから、白石は先に寝てな」


「まだ寝るには早いんだけどなあ」


「反論は認めません。

 大人しく寝とけ」


布団に入ったせいだろうか、何となく眠気が押し寄せてくる。


「…涼…ちゃん」


先生の名前を呼んでみる。


「うおい、先生とお呼び」


薄暗いせいもあり、先生がどんな顔をしているのかは解らないけど、声の感じから、怒っている感じはない。


「涼ちゃん」


もう1度、名前を呼んでみる。


「ん?」


「…ありがと」


「どういたしまして」


優しい声が耳に届く。

今まで聞いた先生の声で、1番優しい声だった。




小さな出来事から、こんな事に発展するとは思わなかった。

熱が出て、山口先生に病院に連れられたかと思えば、先生の運転で先生の家に来て。

看病までしてもらって。


眼鏡をかけた先生も見れた。

みんながイケメンだと言っていたのが、少しだけ解った気がする。


久々に誰かとたくさん話をした。

希美とだって、こんなに話したりしないのに。


話せて、少しすっきりした。

少しだけ、胸の辺りにあったもやもやが取れた気がする。


人に対して無関心だったけど、先生や山口先生みたいに、優しい人もいるんだな。

人の優しさって、思っていたよりも暖かかったんだな。

知らなかった事を知れたのは、素直に嬉しい。


眠気が強くなってきた。

まだ寝たくないのに。


「おやすみ、白石」


そう言うと、先生はお風呂場の方へと行ってしまった。


目蓋を閉じる。

不思議と体の怠さは薄れていた。

…きっと薬が効いているんだ。

そうに違いない。


寝たくないけど、もう寝てしまおうか。

体が眠る体勢に入る。


全身が安心感に包まれる。


「白石はもう独りじゃないよ」


先生の言葉が脳裏に浮かぶ。


ありがとう、涼ちゃん。


そして、あたしは眠りの世界へと落ちていった。

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