第31話

気が付いたら、先生の腕の中にいた。

いきなりの出来事に、流石に戸惑いを隠せなかった。


力強く抱き締められる。

先生の温もりが伝わってくる。

そして、ほのかに香る煙草の匂い。


力強いのに、嫌な感じがしない。

きっと先生の優しさが、伝わってくるからだろう。


こんな風に抱き締めてくれた人はいなかった。

今まで付き合った男の子達にはいない。

あたしを抱き締める男の子は、大概そのまま押し倒す事しか考えていなかったと思う。


暖かい腕の中は、とても居心地が良かった。

からからに渇いた心に、そっと水を注いでくれるような。

家族にだって、こんな風に抱き締められた記憶はない。


何故だろう。

生きる事を許されたような気がした。


膝を床に着き、先生の首もとに腕を回すと、先程よりも体が密着する。

このままずっと触れ合っていたい気持ちになる。

先生の優しさの中で、眠ってしまえたらなと思った。


人の温もりが、こんなに優しいだなんて知らなかった。

人の優しさが、こんなにも暖かいなんて知らなかった。

閉ざされていた心の扉が、少しだけ開いたような気がした。


ふと、体を離されると、先生の手があたしの頬に触れた。


「そろそろ寝ないとだな」


頬に触れた手は、そのままあたしの頭を撫でる。

先生はよく、あたしの頭を撫でるな。


「まだ眠くないよ」


「駄目だよ、寝ないと良くならないんだからさ。

 いい子だから寝なさいな」


小さな子供を諭すように、先生は笑顔を浮かべながら言う。

先生はあたしから眼鏡を取り返すと、再び眼鏡をかけた。


「先生、ピアスは3つ開いてたんだよね」


「若気の至りで開けたんだ。

 本当はもっと増やしたいんだけどね」


リング状のピアスが右に1つ、左に2つ。


「ほら、ピアスはいいから寝ろって」


先生は立ち上がると、あたしの手を取って立たせてくれた。


「先生、背高いよね。

 何cmあるの?」


「170cmくらいだったかな」


あたしがベッドに入ると、また頭を撫でた。

今日はよく撫でられるな。

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