第30話

沈黙が水面を揺らすように広がる。

白石はこんなに辛い想いをしてきたのか…。

まだ17か、18の子が…。


胸が締め付けられる。

白石が家族の話をすると、寂しげな顔をする理由。

やるせなさが、更に胸を締め付けて苦しい。


触れたら壊れてしまいそうな程、この子は脆いのかもしれない。

そう、ガラスのように。

それでもこの子は、白石は、頑張って生きてきた。


私なんかとは違う人生。

雲泥の差の人生。

私はいかに恵まれて生きてこれたのか、今の白石の話で実感した。


「白石…」


そっと声を掛けると、彼女は少しだけ顔を上げた。

大人びた顔の裏には、悲しい過去があっただなんて。


「…嫌な話をしてごめんね」


困ったような笑顔を浮かべながら、白石が口を開いた。

私はそんな白石がいたたまれなくて、彼女の背中に腕を回すと、そのまま自分の方へと抱き寄せた。


「先生…?」


か細い声が、耳の近くで聞こえた。


「家族の事、話してくれて…ありがとな」


抱き寄せた体は、やっぱり熱のせいで暖かくて。


「辛い事、いっぱいあっただろうけど…。

 逃げ出したくなる事、いっぱいあっただろうけど…。

 生きてきてくれて、ありがとな」


気付いたら、力一杯抱き締めていた。

白石の細い体は、私の腕にすっぽりと収まる。


「これからはさ、頼りないけど私を頼りな。

 勿論、里美もさ。

 何も出来ないかもだけど、1人で抱え込むよりはきっとましだと思うから…」


白石の頭に片方の手を回し、更に抱き締める。


「大丈夫。

 白石はもう独りじゃないよ」


感情移入しすぎだろうか。

でも…。


「独りじゃないから」


私の言葉が、想いが、どれくらい白石に届いたかは解らない。

けど、言葉にせずにはいられなかった。

抱き締めずにはいられなかった。


この小さな肩には、どれ程の悲しみが積もっているのだろう。

いつか、払拭してあげる事は出来るだろうか。


傷だらけの心を、癒してあげる事は出来るのだろうか。

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