第29話

眼鏡を掛けたまま、やや俯いた白石は、そのまま黙ってしまった。

時計の秒針の、時を刻む音が部屋に響く。


「先生、家族と仲良し?」


「ん?

 ああ、悪い方ではないと思うよ」


「家族、好き?」


「まあ、好きだよ」


「あたしは嫌い」


冷たく、吐き捨てる。


「…どうして?」


尋ねて良かったのかと、言ってから気付く。

が、もう遅い訳で。


「あたしを…独りにするから」


独り。


「あたしが小さい頃は、家族は仲良かったの。

 けど、あたしが中学に上がる前に、お父さんの浮気がお母さんにバレて。

 そこから少しずつ、家の中は暗くなっていったの」


俯いたまま、淡々と話していく。


「その内お母さんが帰ってくるのが遅くなって。

 お父さんも帰ってこない時が増えて。

 お父さんもお母さんも、それぞれに浮気相手を作って、そっちに気持ちが移っちゃってね。

 必然的にあたしが邪魔になってくる訳で」


口調は変わらない。


「たまに帰ってきても、ろくに話さなくなった。

 お父さんとお母さんが鉢合わせすると、大体喧嘩になったし。

 お母さんはヒステリックを起こして、そのまま出ていっちゃって、お父さんはむかっ腹立てながらやけ酒」


まるで、ドラマのような話だ。

現実でこんな事が、本当にあるだなんて。


「…1度だけ、酔ったお父さんに…」


白石はそこで言葉を切った。

言わなくても解った。


「未遂だけどね。

 泣きながら必死に抵抗したら、我に返ってくれたから。

 お父さんは泣きながら謝ってきたけど、許せる筈もないし…。

 それからお父さんとは話してない」


あってはいけない事だ。

未遂とは言え、絶対に許されない事だ。


「頼る親戚もいない。

 けど、両親はお金だけは入れてくれてたから。

 光熱費とかも勝手に払ってくれてるし。

 幼馴染と、そのお母さんも気に掛けてくれてるから、何とか今日まで生きてこれた感じ」


ふう、と溜息をつく。


「ずっと独りだし、家族もばらばらだし、甘える事なんて出来なかった。

 だから、あたしは甘え方を知らない。

 頼り方も…」


そう言うと、白石は口を閉じた。

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