第9話

どうしようか悩んだものの、恐る恐るその手に手を伸ばしてみた。

思いの外、力強く引き上げられ、バランスを崩してしまった。

よろける。

と、ふわっと抱き止められる。

いや、抱き締められた。


「あ、ごめん。

 勢いよすぎちゃった。

 大丈夫?」


超がつく程の至近距離。

微かにシトラスの香りがする。

香水だろうか。


顔を上げると、その人はきょとんとした顔をしてこちらを見ている。

その瞳に、呑み込まれてしまいそうな感じだ。


「もしもし?大丈夫?」


はっと我に返る。

あまりの居心地の良さに、我を忘れていたようだ。

急に恥ずかしくなり、慌てて体を離す。


「大丈夫そうだね。

 とりあえず、次の授業は出なよ?

 じゃあね」


よくよく見ると、手に電子タバコを持っていた。

煙草を吸いに来たのだろうか。


名前…何だっけ?

加藤…?

伊藤…?


あ、佐藤涼だ。

男みたいな名前。

見た感じも、大分ボーイッシュだったなあ。


黒のパーカー、黒のインナー、黒のパンツに、黒のスニーカー。

もじもじ君?

指には指輪もしてた。

…チャラ男?


相談員って、もっとこうカジュアルな服のイメージ。

そうそう、図書館にいそうな感じの。

今の人…相談員というより、チャラ男のイメージしかない。

むしろ相談員という事に驚きを隠せない。


…あんな感じの人がいたなんて。

華の女子高だし、みんなが興味を持ちそうだ。

雰囲気は気取ったところもなく、あっけらかんとしていそう。


相談室…今度覗いてみようか。

…あたしが誰かに興味を持つなんて珍しい。


抱き止められた…いや、抱き締められた。

その時の事が、今更になって思い出される。


ゴツゴツとした男の子の体ではなく、華奢な、それでいて柔らかな体。

そして、淡く香ったシトラスの匂い。

何故だろう、頭から離れない。


無性に気になってきた。

こんなに気になる事、今までなかったと思う。

何だか不思議な感じだ。

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