第40話

次の日もまだ学校はお休みだったが、

部室は開いてるかも、と演劇部を訪ねることにした。


中庭に、プレハブがあり、2階が文化部の部室となっている。

外についている階段を上がってすぐが演劇部の部室のはずだ。


セミの鳴き声が響き渡っているが、

それに混じって、運動場からは、弱小野球部の掛け声が聞こえ、

体育館からは、床にこすれるシューズのキュッキュという音や

ボールの重く跳ねる音がする。


吹奏楽部が音合わせをしている。プールでは水音とホイッスルの鋭い音。

自転車置き場で男女が語り合い、

わたり廊下ではどこかの運動部がストレッチや軽い筋トレをしている。


私は中庭を歩きながら、学校にしか存在しない、

これらのざわめきと、においを心に強く感じていた。


まだ始まったばかりの青春なのに、もうノスタルジーがある。


いつか大人になった時、これらをきっと懐かしく思い出すだろう、

と、なぜか確信した。


感傷はここまでだ。

プレハブの階段を上る私の足取りは重くなった。


急に面倒くさい気持ちがよみがえってきた。

帰ろうかな、と思ったとき、部室のドアが開いた。

ドアに、「演劇部」と書いた薄いプラスチック板が張り付けられていた。


出て来たのは、川北さんだ。

私を見て目を大きくする。


「え?川崎さん?うそ、やだ、ちょ、部長!部長!」

と、部室の中に声を掛けている。


「きゃ、ごめんなさい、川崎さん。

私ったらあわててしまって。

えっと、土屋大先輩とお知り合いなんですってね。

さ、入って入って。ちょうと新部長と旧部長もいらっしゃってるの。」


川北さんは、ひとりでしゃべって、私の手を取り、部室に引っ張った。


「まあ、川崎さんなの?」

と奥のカーテンを開けて出て来たのは、なんとミス3年だった。


うわあああ。

全く予期してなかったので、私は汗が噴き出した。


タオルを出そうか、いやその前にご挨拶だ、

と慌ててしまい、手で汗をぬぐって、

「こここんにゃちゅあ。」

と、安もののコントのような、噛み噛みのひどい挨拶をしてしまった。


あああ、もう、自分で自分を呪ってしまう。


ミス3年は、それでも、ころころと笑ってくれ(天にも昇る気持ちになったよ)、

「川崎さんって面白いのね。」と、私の腕にそっと触れる。


生身の腕ではなく、袖の上からだったので良かった。

ミス3年に私なんぞの汗を触らせるわけにはいかない。

 

私は肩にかけたトートバッグからタオルを出して、汗をぬぐった。


ううう。可愛いタオルハンカチを持ってくればよかった。

適当に洗濯物をたたんである中から、取ってきたのは浴用タオルだった。

しかも何とか温泉って書いてあるし。


自分の面倒くさがりの性格を呪う。


「あ、部長、お知り合いなんですか?」

と、川北さんがミス3年に聞き、私に向かって

「前の部長です。」と紹介した。


「川崎です。こんにちは。」と、噛みはしなかったが、

間抜けな挨拶をまたして、頭を下げた。


頭を下げながら、うわ、ミス3年が旧部長で、

川北さんがミス1年。演劇部さすが。


いや、OBには、土屋君の姉さまもいる。

演劇部、神か、などと思い、

頭を上げると、ミス3年の笑顔が目の前にあった。


わ、やっぱり可愛い。

頭がくらくらした。

ミス3年は、私の慌ててる様子を見て、クスクス可愛く笑いながら言った。


「土屋先輩から連絡があったのよ。あなたが演劇部に入って下さるって。」

「え?ち、違います。まだ入ろうとは、」


「あら、入って下さらないの?」

と、今度は、私の生の腕に触れた。


よかった、汗ぬぐってて。ていうか、

自分の鼻の下が伸びに伸びてるのが感じられる。

おっさん美々子危うし。


「あの、その、えっと、」と、しどろもどろになりながらも、

にやけるのを止められない。


「そうだわ、新部長も紹介しなきゃ。」

とミス3年がほほ笑む。


くらくらしながら、ふと、ミス3年ミス1年がいるとしたら、

新部長は、も、もしかしてミス2年。


そういう情報に疎い私は、ミス2年が誰かは知らなかったが、

きっと美しい人に違いない。


華奢で可愛いミス3年。宝塚チックなミス1年。

となるとミス2年は、と、へらへら喜んでいると、

「どーも。」とカーテンの奥から声がした。


結構大きなドスドスという足音とともに現れたのは、

あの2年E組のキャッチャーだった。


土屋君にぶつかったり、どさくさに紛れてハグした人だ。

無類の美少年好き。


え?ああ、遊びに来てるのか、と、なんとなく思ってたら、

「新しい部長です。」とそのキャッチャーが言った。


汗が一瞬で引いた。


「新入部員だそうで?」と、私以上の無表情で、私を見る。

私は、

「違うんです。土屋君のお姉さんに、」

土屋君の名前が出ると、キャッチャーの新部長の片眉が、見事に上がった。

「あの、言伝てを頼まれて。」

と、自分でも先の展開が読めないデタラメを言った。


うう、どうしよう。どうすればいい、蘭丸助けて。

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