第39話

スマホでしゃべるのに、どうも慣れてないので、

家の電話を使ってかけた。


土屋君は、すぐ電話に出て、いきなりあれこれと尋ねる。

私が思ってた以上に心配してくれていた。

なんだか感動してしまった。


「大丈夫だよ。血液検査もしたし。

念のため、大きな病院できちんと検査してもらえることになったし。

お医者さんは疲れてたんだろうって。」


「でも、結果がわかるまで無理しちゃだめだよ。」

土屋君の真剣な声を聞いて、

あ、そうか、土屋君はお母さんを亡くされてたのだ、と思い当たった。

胸が痛くなった。


「土屋君、ありがとう。本当にありがとう。」

土屋君は、ちょっと言葉に詰まった。

「・・、いや、ごめん。こっちこそ、あれこれお節介だったね。」


「全然!そんなこと全然ないよ。嬉しいの。ありがとう。」

と言うと、ちょっと間が開いて、土屋君は、また言葉に詰まり、

「・・あ、えっと、川崎、ごめん。

あの、姉が代わってほしいって。」と言う。


「へ?私に?えっと、どっちのお姉さん?」

「姉さまの方。」と、小さな声で言う。私も小さな声で、

「姉さまか。」と言ってしまった。


土屋君は、上のお姉さんを姉さまと呼び、下の方を姉さんと呼んでいた。

蘭丸と私もいつの間にか、そう呼ぶようになっていた。


唐突に

「美々子ちゃん、大丈夫?」と姉さまの声になった。

「あ、姉さま。ありがとうございます。

姉さまにまでご心配をおかけして。」


「いいのよ。元春が取り乱してたのでね。」と、くすっと笑った。

後ろで土屋君の何か言う声がする。


「でね。電話を代わってもらったのは、お願いがあるからよ。」

「はぁ」

「川北さんから聞いたわ。あなた演劇に興味があるとか?」

「へ?あの、何が何だか。全然違いますよ。」


「やっぱり。美々子ちゃん、そんなこと言ってなかったものね。

伝言ゲームと言うか、仲人口というか、困ったもんだ。」

「はぁ」


「でも、どう?」

「どうって?」

「演劇部よ。入る気はない?」


「あの、なんで姉さまが?」

「あら、言ってなかったっけ?私、演劇部のOBよ。」


「あ!」

私は、初めてお邪魔した時に、

姉さまが蘭丸に大仰な挨拶をしたのを思い出した。

なるほど、演劇部か。


「大学でもされてるんですか?」

「ま、ね。」と言う声に得意げが混じってる。

きっと主役級なんだろう。あの美貌だし。


「そんなことより。美々子ちゃん、あなた演劇部入りなさいよ。」

「え。無理。無理です。」

「何言ってるの、見たわよ。」


「み、見たって、何を?」

ふと横を見ると、いつの間にか蘭丸がいて、にやにや笑ってる。


(あっち行ってよ)と声を出さずに言ったが、

蘭丸は肩をすくめただけで、その場を動こうとしない。


「うちの学校は、校内や生徒の動画や画像をSNSにアップすると、

即退学だけど、先輩に回してはいけない、って校則はないのよ。」

「ひー。」思わず声が出た。

「うふふ。見せてもらったわ。」姉さまは楽しそうだった。


「待ってください。あの巻き舌は、」

「いいえ、あの巻き舌の啖呵も、

元春と一緒に1塁で挑発してたのも素敵だったけど。」


そこで姉さまは、少し言葉を切り、

「あなたの、あの告白よ。」

「ぎゃああ。」私は思わず叫んでいた。


蘭丸は何事か、と私を見る。

こんなときに何だが、コイツやっぱ可愛い顔してるわ、

と思ってしまって悔しい。


「あ、あれは、あの、」

「違うわ。」と姉さまが、はっきりした声で言った。


「え?」

私はまだ蘭丸の顔を見ていた。

蘭丸も(なんだ?)って顔で私を見てる。


「あれは、蘭丸ちゃんのためでしょう。」

姉さまの声が、少し冷たくなった気がした。


私の顔色が変わったのを蘭丸は見逃さない。

じっと私を見る。私も蘭丸を見る。


「あの・・、」それ以上何も言えない。


「まさか、あのヤジの通りだとは、誰も思わないけれども、」

と姉さまが言ったので、

私は、近親相姦と言われて身体が冷たくなっていった感覚を思い出した。


蘭丸が私に手を伸ばした。

私はそれを、いらない、という身振りでさえぎる。


「でも、あなたたちの絆の強さは、誰の目にも明らかよ。」


姉さまは、きっとお姫様抱っこの動画も見たのだろう。

私もあとで見せてもらって、

この(比較的)重い私を軽々と抱き上る蘭丸に驚いた。


いや、蘭丸が顔色を変えて、私に向かって走ってくるその姿に、

胸が苦しくなったのだ。



「あの・・・。私達・・・。

私達は長い間、離れ離れだったんです。


小さい頃はずっとふたり一緒だったのに。

お互い、すごく会いたかったけど、滅多に会えなかった。


でも、会ったときは、

会ってなかった時間がまるでなかったかのように思えた。


ふたりは、離れているときも、ずっとずっと一緒だったんです。」


私はなんだか涙が出た。


嘘がスラスラと出てくるのも悲しかったけど、

自分が言った通りのような気がしながら、

それが嘘だとわかってるのが悲しかった。


蘭丸が横に来て、私の肩を抱いた。

私は蘭丸に寄り掛かる。

涙が止まらなかったが、流れるに任せていた。



蘭丸は、私を抱いてない方の手の親指で、そっと私の涙を拭いた。

そして、その親指で、私の唇にも触れた。

涙の塩辛い味がする。


私は蘭丸を見上げた。

蘭丸の頭がまた濡れてきている。


二人の感情の高ぶりは、

でも、電話の向こうの姉さまには、伝わっていない、

という自信がなぜかあった。


「美々子ちゃん、ごめんなさい。

あなたたちにも、お辛い事情があったのよね。

変なこと言ってしまって、申し訳なかったわ。」


「姉さま、そんな。こちらこそ、ごめんなさい。」

私は、ふと演劇に興味がわいてきた。


「あの、姉さま、私、演劇部に、」

「え?入って下さるの?」

「いえいえ、まだ、そんな。」


「いいわ、急に決めなくても。

ね、一度部室をのぞいてみたら。

うふふ。美々子ちゃん、ちょっと驚くかも。」


と、姉さまは秘密めいた笑い声を立てた。そして、

「何?ああ、もう、わかったから。

ちょっと待って。元春に代わるわね。」



姉さまの横で土屋君がうるさくしていたようだ。土屋君は、

「姉が色々申し訳ない。」といきなり謝ってきた。


「土屋君が謝ることないじゃない。」

土屋君の名前が出たとたん、蘭丸が、私の肩を抱いてる腕をほどき、私から離れる。


は?いったい何?どういうことなの。

私は蘭丸をにらんだ。


蘭丸はべーっと舌を出す。

その舌の出し方も、悔しいけどめちゃくちゃ可愛いので、

ほんと憎たらしい。


「ね、川崎、無理に演劇部に入る必要はないよ。

部室に行くのも、ちょっと気をつけた方がいい。」


「なに?土屋君、気をつけろって、」と言いかけてると、

蘭丸が私の肩をつつく。


「ちょ、蘭丸やめてよ。」と小声で言ったのを、

土屋君は聞き逃さない。


「え?蘭丸君がいてるの?」と、嬉しそうな声になる。

声の張りまで変わってる。なんなんだ。


「へいへい、代わりますよ。」と蘭丸に受話器を渡した。

蘭丸が、

「元春ぅ~~」

と言うと、向こうからもはしゃいだ気配が聞こえる。


蘭丸は、私をしっしと追い出した。

なんなの、もう。

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