第38話

色々あったソフトボール大会のあと、

終業式までは試験休みとなり、その後、夏休みとなる。


試験休み中に、病院に行くつもりだ。

単なる貧血だとは思っていたが、父も蘭丸もやかましく言うし、

土屋君まで電話をかけてくる。


何と言っても、土屋君は目の前で私が倒れるのを見ていたのだ。


あ~れ~という乙女な倒れ方ではなく、

あっと思う間もなく、崩れるように倒れたので、本当に心配してくれていた。

助けられなかった自分を悔しがってもいた。

 

大きい病院に行くのも大げさなので、

ホームドクターとしている、近くの内科クリニックに行くことにした。

そこのお医者さんは、とても穏やかで、少しおしゃべりだった。


私のことも小さい時から診てくれているので、あれこれと世間話もする。

勉強はどうだ、とか色々聞いてくる。


ちょっと面倒くさいなあとは思ったりもするけど、

他の患者さんの話は全くしないし(当たり前か)、

そのほかの噂話のたぐいもしないから、信頼もしていた。


親類の優しい伯父さんのような感じだった。


貧血で倒れた、というととても心配してくれ、

血液検査をしようと採血された。


そして念のため、近くの総合病院で、CTとMRIをとるように、

予約を入れてくれた。

「お母さんのこともあるから、気が張ってたんだろう。」と先生は言った。


母がインドに行ったことを先生はなぜ知ってるのだろうといぶかったが、

父が血圧でお世話になってるのを思い出した。

父が先生に言ったのだろう。


総合病院の検査は、8月の中頃まで空いてなかった。

血液検査はすぐ結果が出るから、それでどうもなければ、

しばらく様子見しましょう、ということになった。


「でも、何かあれば、すぐに来なさいね。」と先生が言った。

「あとは、終業式だけで、もう夏休みになるんです。」と私が言うと

「くれぐれも無理しないように。

お父さんの言うことをよく聞くんだよ。」


なんだか、小さい子として相手されてるようだ。

でもそれが心地よかった。



家に帰ると、蘭丸が心配して待っていた。


「大丈夫だよ。血液検査もしたし。疲れが出たんだろうって。」

「でも結果がまだなんだろう。

結果がわかるまで無理しちゃだめだよ。」


「わかってるって。それに8月に大病院で大検査をするし。」

「あ、MRIとか?よかった。きちんと検査しなきゃね。」

私がうなずくと、蘭丸が言った。


「美々子がクリニックに行ってる間、

家に電話がじゃんじゃんかかって来てたよ。

美々子、いい加減スマホ、みんなに公表したら。

ていうか、スマホ部屋に置きっぱなしってどうなの。

年頃の女子が。」


「うるさいなあ、面倒くさいんだよ。

それよか、電話って誰から?土屋君?」


「なんで、土屋なんだよ。

ま、彼からもかかって来てたけど。」

「土屋君も、蘭丸に負けず劣らず、うるさいんだよね。

病院行け行けって。」


「心配してるんだよ、元春は。

面倒見がいいし。あ、でも、元春だけじゃなくて、

川北さんって人からも電話があった。

そして、なんと岩佐くぅんからも。」


私は、真っ赤になった自分も許せなかったけど、

それを見てにやにや笑う蘭丸に、もっと腹を立てた。

プンプンしてる私に、蘭丸は、

「一応、電話番号聞いてるんだけどなあ。」と、まだ笑ってる。


私は、電話したいようなしたくないような気持だった。

川北さんは演劇部のことだろうし。

いや、演劇部ってのは名目で蘭丸目当てなのかも。


「川北さん、蘭丸と喋って喜んでたんじゃない?」と聞くと、蘭丸は

「美々子経由で、ぼくにアタックってのも、芸がないよな。」

とすましているので、ちょっと腹が立って、

「違うんだよね。川北さん、私を演劇部に誘ってるの。」と言うと、蘭丸は、

「はぁ?美々子を?」と言って吹き出した。


「どうせ、美々子を入れてから、ぼくを誘うつもりなんだって。」

と、意地悪く言う。

「ふん。言ってなさいよ、この性悪美少年が!」


「ほぉぉ。その性悪美少年に、

エロエロになったのは、どこのどなたさんかね。」

とせせら笑うので、私は、腹が立つと同時に、ほっと安心した。 


あのときのことをこういうふうに冗談で済ませてもらえて、

どれだけありがたいか。


でも、そう思いながらも、少し寂しかったのも事実だ。


「わ、私には岩佐君がいるもん。」と思わず言ってしまった。


蘭丸は、はっとしたようだった。

でも、一瞬のことで見間違い(もしくは私の願望)だったのかもしれない。

蘭丸は、

「電話番号は、ぼくが握ってるんだ。教えてほしければ・・」


「なによ。」

「部屋を掃除しろ!」と言って、ゲラゲラ笑った。


「面倒くさいんだよなあ。」と言いながら、

私も思わず笑ってしまったが、

岩佐君に電話をする、と思うだけで、

正直、恥ずかしさより、面倒くささが先に立っていた。


いや、面倒くさいより、どちらかというと気が重い。


私がみんなの前で岩佐君に告白したのは、

岩佐君が好きだという気持ちもあったけど、

蘭丸を守りたい気持ちの方が、ずっとずっと大きかったからだ。


むしろその一心だったかもしれない。


それを真に受けて、岩佐君が私と付き合いたい、とかってなったら。

でも、それはないだろう。自分でもわかってる。


私に同情して、なにかと気にしてくれてる、という方が岩佐君らしい。


でもそんなことよりも、迷惑なので困ってると、

色男ぶってたりしたら、と思うとショックだ、

などと、いろいろ考えてしまって、どんどん気が重くなった。


じゃあ、川北さんに電話か、と思うと、それもまた気が重い。

蘭丸が目当てであろうと、

まず私に演劇部に入れ入れとうるさいに違いないし。


私は、土屋君に電話することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る