第37話

夜も深まっていた。


私は部屋の電気をつけた。

散らかっていたけど、いつものことだし、

蘭丸も、部屋に入るたび、片づけたらどう美々子、と呆れていた。


明日、きちんと片付けよう、そう決心した。

汚い部屋を蘭丸に見られるのが、急に恥ずかしくなったからだ。


でも、蘭丸は心ここにあらず、って感じだったので、

ちょっと安心した。


「ね、座って、蘭丸。」

そして、二人してベッドに座った。私は蘭丸の方を向いた。


「蘭丸。わかったの。

前に、蘭丸は自分が誰だかわからないって、怖がっていたでしょう。」

「うん。」蘭丸は、私の手を握った。

「わかったんだ?」蘭丸の声は震えていた。


私は握り合った手を放さずに、蘭丸の肩にもたれかかった。


なんだか、とても蘭丸に触れていたかったので。

蘭丸を近くに感じたかったから。そして、

「蘭丸はね、」と、蘭丸の顔を見上げる。


まさに、神々しいほどの美形の少年がそこにいた。


私は強くうなずき、

「蘭丸は、インドの神様よ。」と、微笑みながら言った。

蘭丸は握っていた手をぎゅっと強く握りなおしてから、離した。


そして、その両手で私の両肩をつかみ、自分の正面に向けた。

「どういうこと?インドの・・神様?」


私と蘭丸は、ベッドに横並びに座ったまま、

お互いの顔が真正面になって見つめ合っていた。


私は、腕を後ろに回し、ベッドに手をついた。

二人の距離がまた少し縮まった。


わ、なんだか、ラブシーン、それもベッドシーンの始まりみたい、

とふと思ってしまい、私は真っ赤になった。


胸の奥がギューッと縮んだようになる。

胸の先っぽがなんだか熱い。


そして、もっと身体の奥で、誰にも言えないような変化が起こっていた。


そんな身体の反応が恥ずかしくて、止めようとすればするほど、

息遣いまで激しくなって、胸が大きく上下した。


もう、ママじゃない。

蘭丸は、インドの神様だけど、蘭丸は蘭丸なんだ。

そう思うとよけい、ドキドキしたし、

ドキドキしても構わない気がした。


蘭丸は、私の潤んでいる目を見ている。

私も蘭丸の目を見た。


もう、ママの目じゃなかった。

蘭丸の目。蘭丸の鼻。蘭丸の耳。蘭丸の肌。そして蘭丸の唇。

全てがなんて可愛い。


でも、今は、可愛い、と思う余裕もなかった。


蘭丸は、私の変化に気づいたようだった。

はっと息が聞こえて、私の肩から手を離した。


「美々子。」

「蘭丸。」


私たちは、じっと見つめ合ったけど、

先に目を反らしたのは蘭丸だった。


「僕は、神様なの?」

蘭丸は、混乱しているようだった。



私は急激に羞恥心を感じた。

自分を恥じた。高ぶった激情が萎えていく。


蘭丸は、自分自身が何者かとずっと苦しんでいたのだ。

その答えを知ったから、と、私は得意げに蘭丸に伝えてる。

 

ママの行方も分かって安心もしていた。

いや、蘭丸が何者かより、ママがどこにいるかがわかって、ほっとしていたのだ。


その余裕で、蘭丸を欲望の対象とまでにしてしまっていた。


「蘭丸、ごめん。」私は謝った。


蘭丸も、私がなぜ謝ったか悟ったようだ。

首を振りながら、

「いや、こっちこそ、ごめん。ぼく、よくわからないんだ。

インドってのも唐突だし。何より神様、ってのが。」


「蘭丸、インドが唐突って、」


「待って。美々子。いや、納得できるかも。

だってぼくは、ほんと神様級に美形だし。」

「って、蘭丸、何を言い出すかと思ったら。」


「インド、ああ、インドねえ。」と蘭丸は目をつぶった。

まぶたの後ろで目玉が動いているのが見える。


「ヨガか。そうか。ママはヨガの知識が豊富だ。」

そして、目を開けてにっこりした。


「ちょ、待って。蘭丸。蘭丸の頭の中は、ママの知識なの?」

私は、欲望も羞恥も消えて、蘭丸に詰め寄った。


「そうだよ。この美しい外観は蘭丸だけど、

中身はママなんだ。だから、勉強もできるし、運動もできる。


日常の動きだってこんなに綺麗だ。」と、腕を優雅に動かした。

「でも、今はママじゃなくて蘭丸なんでしょう。

ママはいないんでしょう。」


蘭丸は、寂しそうに私を見る。

「ママじゃなくてごめん、美々子。」


「違う。そういう意味じゃないの。

蘭丸の知識がママってのがよくわからない。」


「うん。どうもね、なんというか、うーん、あ、ダウンロード?

そう、ダウンロードされたようなの、ママの知識が。

だから、ママはいなくても、ママの気配は常にある。」


「ママに支配されてる感じ?

ママって、そういうとこあるし。」

蘭丸はちょっと笑った。


「かもね。でも、もちろん不愉快じゃないよ。

ママは素敵だし。

ときおり、太った人に目が行くのが困っちゃうんだけど。」

私も蘭丸と一緒に笑った。


なんだか、根本的なところで食い違いがあるみたいな気もしたが、

笑って気持ちよかったし、

自分の欲望をはっきり感じてしまった気恥ずかしさもあった。


なるほど、これが性欲ってやつか。

うはは。蘭丸、感じちゃってごめんよ。


いや、何よりも、ママがインドで元気でいるってのが嬉しかった。

蘭丸をこれ以上混乱させるのも悪いので、

インドの神様のことは、ひとまず、置いておこうと思った。


あとでネットでどんな神様がいるか調べてみよう。

蘭丸に似た神様がいるかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る