第17話

その柔道部の、1年生の誰か(名前はわからない)が、

昼休みに話しかけてきた。


「川崎さん、えっと、柔道部のマネージャーになる気はない?」


「はああ?何言ってるの?意味わからないわ。なんでまた?」

「いや、よく試合見に来てるからって。

キャプテンと副キャプテンが、えっと、誘えって。」


副キャプテンと聞いて、私の片眉が上がった。


というか、上げたかったが、いつものように無表情のまま、

じっとその柔道部員を見た。


「いや、自分、誘えって言われたので。」

私が黙ったままなので、居心地の悪い空気が流れている。



「美々子、なにか問題でも?」

蘭丸が、すっと来て私の肩を抱いた。


1年生部員は、蘭丸を近くで見て、

聞いてはいたが、その美しさに心底驚いた、という顔をした。

顔に書いてある、とはこのことだ。


素直過ぎるよ、柔道部員。

そんな何でも顔に出ちゃうと、頭脳戦になったら勝てないぜ?


「私をマネージャーに誘ってくれてるのよ。」

「げ。美々子、まさかなるつもりじゃ。」

「ふん、なるわけないよ、この私が。」

「だよね、面倒くさがりの美々子がなったら、部がつぶれるし。」


私達の掛け合いを前に、柔道部員は、ますます居心地が悪いような、

でも美少年をそばに見て胸が高鳴るような、

そんな顔を(またも素直に)表していた。



「おい、どうだ。川崎さんはOKしたか。」と言いながら、

一年部員の背後から現れたのは、なんと副キャプテンだった。


私はドキンとした。


「いや、その、」とあせる1年部員を無視して、

副キャプテン、すなわち憧れの岩佐君が、私を見た。


うわあ、ドッキリ。見つめ合ったのは初めてだ。

しかもこんな近くで。しかし、

「ダメかな?川崎さん。」と私に向って言いながらも、

そして、蘭丸の方を見ていなくても、

彼の意識が蘭丸に向いているのが手に取るようにわかってしまった。


あああ、初めて見つめ合ったというのに。


岩佐君は私の目を見つめているにもかかわらず、

蘭丸を見ていた、というか、心で見ていた。


それが悲しいかな、目だけで、見つめられてる私には、

はっきりわかってしまったのだ。


ちぇっ、だれもかれもが美少年になびく。

岩佐よおまえもか。


「美々子、やっちゃえば?」

蘭丸がにやにやして割り込んできたので、

岩佐君は、初めて蘭丸に気づいたような振りをした。


うう。恥ずかしい。副キャプテンどうしちゃったの。

私にまで小芝居がバレバレだよ。


蘭丸を近くで見て恐れ入ったのか。

さすがの頭脳派も蘭丸の美貌には負けるってことね。

と情けなくなったが、驚いたことに岩佐君も負けてなかった。


岩佐君は、ふと緊張を緩めて、私を見た。


「川崎さんがマネージャーで来てくれたら、

噂の蘭丸君もかかわってくれるかも。

すると柔道部員も増える。

もしくは、応援も増える、と、そんな計算が働いたんだよ。

きっとほかの部も動くだろうけど、こういうのは早い者勝ちだし。」


副キャプテンは、蘭丸を見て、

男同士わかるだろ、って感じでにやっと笑った。


ま、私は当て馬だったわけだ。わかってはいたけど。

でも、あまりいい気分ではなかった。

岩佐君と目が合ったのがせめてもの慰めか。


蘭丸は、(私が出来なかった)片眉をあげた。


そして、少し表情を動かした。


その蘭丸の顔を見て、腰を抜かすほど驚いた。

いやもうびっくり。


女の(しかも実の娘の)私も

ときめくほどの妖艶な表情。


そのまなざしも唇も、なんというか、ゲイテイスト?

年下の少年が、男を誘う顔なのだ。


いや、年下でもないし、男でもないし、ママだよ、私の。

などと、私の頭は混乱した。


副キャプテン岩佐は、もっと混乱していた。


一瞬頑張った頭脳戦もそこまでだった。

魅せられたように蘭丸の顔を見て、目をそらして、

そして、上目遣いの媚びた表情で、また蘭丸を見た。


ああもう、見たくなかったよ、岩佐君のそんな顔。


「私、マネージャーする気はありませんので。」

と言ったけど、聞こえてない、きっと。


「蘭丸、行こう」

まだ私の肩を抱いたままの蘭丸と一緒に、すたすた歩いた。


副キャプテンと1年生部員が見ているのはわかった。

ま、彼らが見てるのは蘭丸を、だけど。


私は蘭丸の腕を肩から振り払って、先に歩いて行った。

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