第35話

「あ、ありさから借りたヘルメットはどうしよう」


「私が返しておくよ」


ありさのヘルメットを受け取り、後方シートのフックに引っ掛ける。


「明日にでも、ちゃんと病院に行くんだよ」


「うん。

 お母さんに連れてってもらうかな」


「そかそか。

 じゃあ、また来週ね」


大きな音を立てて走り出したバイクは、すぐに後姿が見えなくなってしまった。

こみ上げてくる少しの寂しさ。

本当に不思議な人。


家に入ると、母親は夕飯の支度をしていた。

こちらに気付くと、ご機嫌な表情で話し掛けてきた。


「本当に格好いいわね~。

 女の子なのが勿体無いわ」


「まあ、言いたい事は解るけども」


冷蔵庫から麦茶を取り出し、食器棚から取ったコップに注ぐと、一気に喉に流し込んだ。

緊張していたのか、喉がからからだった。


「ふ~ん、お姫様抱っこされて保健室に連れてってもらったのね。

 超少女マンガな展開!

 私もお姫様抱っこされたいわ~。

 ねえ、彼氏と美咲君、どっちがいい?」


不意な質問に、2杯目の麦茶を口から吹き出す澪。


「な、何言ってんのさ!?」


「いや、なんとなくだけど?

 で、どっち?」


ニヤニヤと笑う母親に対し、言葉がなかなか出てこない。

「彼氏」と即答出来なかったのが答えな訳で。


「そっか~、彼氏より美咲君の方がいいんだ~。

 浮気者ね~」


「ち、違っ…」


「若いって羨ましいわ~。

 あ、今度美咲君が遊びに来たら、ご飯をご馳走しよっと」


澪に背を向けると、鼻歌を歌いながら夕飯作りを再開した母親。

反論をする気力も無くなり、2階にある自室へと向かった。

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