第39話

「てか、何かご機嫌じゃない?

 いい事でもあったの?」


「えっ、いや、別に何でもないですよ」


自身の顔は、そんなに緩んでいただろうか。

誰かに指摘をされると、何だか少し恥ずかしい気もする。


浮かれすぎては駄目だと、自分に言い聞かせる。

が、やっぱり気になる人と出掛けられるのは嬉しい訳で。


「竹田さんは二次会に行くかい?」


程好く白い顔が、酒で赤くなっている社長が声を掛けてきた。


「いえ、今回はパスで」


「え~、来ないの?

 若い子が来てくれた方が、僕は頑張れるんだけどなあ」


50代半ばのおじさんが、口唇を尖らせながらむくれている。


「じゃあ、山田君は来るかい?」


「すみません、僕もこの後出掛ける予定が入ってまして」


申し訳なさそうに、両手を自身の顔の前で合わせる。


「なんだよもう、みんなしてさ~。

 薫ちゃんは二次会来るよね?」


「申し訳ありません、私も今回は遠慮しておきます」


3人にフラれてしまった社長は、肩を落としながら自分の席へと戻って行った。

それを見届けた山田は、美鈴に向かってウインクを1つ。


「リン、出掛けるの?」


「あ、はい、ちょっと…友達と。

 薫さんも出掛けるんですか?」


「さて、どうしようかね」


2人の会話に聞く耳を立てていた先輩が、薫の腕に自身の腕を絡めながら、薫の耳元で囁く。


「じゃあ、アタシと出掛けましょ?

 たまには2人で飲みに行きましょうよ」


「みんなと行くならいいですよ」


「やだ、2人がいいの」


「あはは、困ったなあ」


と、美鈴と先輩が目が合う。

威圧的な目で見られた…というか、睨まれた。

しまった、先輩の前で迂闊に喋るんじゃなかった。


すぐに目を反らされたが、ドギマギした感じが払い切れない。

グラスに残っていた酒を、グイッと飲み干す。


「いい飲みっぷり」


クスクス笑いながら、美鈴の姿を見ていた山田。

見られている事に気付かなかった自分の頭を、ビールジョッキの底で殴りたいくらいだ。


「いっぱい飲むのは構わないけど、この後2人で飲む事、忘れないでね」


美鈴以外に聞こえないように、手を立て、美鈴の耳元に口を近付け山田は囁いた。

その声に、体がグッと反応してしまう。


小さく『はい』と答えた美鈴は、それ以上ここでは酒を飲まなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る